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高松祭

 投稿者:terra  投稿日:2018年 6月25日(月)00時51分7秒
   飯田高校第63回高松祭は盛大に実施されました。(詳細は↑金森山便りで)

  本館ロビー
 

どう?

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月23日(土)06時57分55秒
編集済
  帝国ホテルなんだけど、これってどうなんでしょうね。葉っぱは全部むしっちゃったんでしょか。

 

なんともやるせない

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月22日(金)13時57分17秒
  歯がなくなって来たし、残った歯さえ痛むから、ご飯が食べられない。
いしけないAAとしては、何とか工夫して食べるようにしているが、老衰して体力が衰えているわけではないから、飲み込むことはできる。
「もうご飯たべられない。」と訴えた幼児の話は、なんともやるせない。
体力が落ちて、たべものを飲み込むことすらできないほど衰弱させるということが、親としてできるものなのだろうか。人であったらとてもできることではない。
保護責任者の遺棄などというような段階ではなく、殺人ではないのか。
構成要件が該当するかどうかはわからないが、極めて残虐な殺人なのではないのかと思えてならない。
 

念願成就!

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月20日(水)08時40分40秒
編集済
   月曜日に音楽祭の実行委員会があり、前回出られなかつたので、今回は頑張つて行つてきました。出演団体がほぼ決まり、前回同様、10数組のバラエティに富んだ演奏が繰り広げられます。

 その中で、総合プロデューサー・桑原さんの、クラシックギターの恩師である小原聖子さんとの協演が本決まりになりました。
 これは孫世代との「世代継承」を目指す協演とともに、今回の売り物になると思ひます。小原さんに桑原さん、それと尺八の第一人者・阪口夕山さんが加はり、桑原さんがこの日のために書いたオリジナル曲他を演奏するさうです。

 例によつて、運営資金の調達に苦慮してをりまして、実行委員それぞれが10枚以上のチケット販売を頑張らなくてはなりません。
 でも、例年に増して魅力的な内容になりさうなので、チケットをお勧めいただくにも、けつして怖めず臆せず、「来ていただいたら、絶対損はさせません。例年、皆さん途中で帰らないで最後まで聞いてくださいますが、今年はそれ以上です」と言つていただくようお願ひしてきました。
 10数組の中のほぼ三分の一くらゐが、孫世代との協演になるやうですからそれも期待できると思ひます。

 昨日帰りましたが、明日明後日と出張がらみの仕事が入つてしまひ、またもや本日の合唱練習に出られません。一人で一生懸命やつておきますので、見捨てないでください。8月5日の童謡サミットまでに、まだ、飯田での合同練習もありますし……。


 

言葉はうつろう

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月19日(火)19時01分31秒
  日本語には、他言語に翻訳できない言葉というのが沢山あるのだという。
正確にいえば、翻訳はできるとしても一語では済まず、長文になる説明を必要とする。
擬音語というのも数が多い。これも、説明はできるにしても、長いものになる。
言語というのは、文法を伴うものであるから、擬音語は言語の括りに入れないで、西洋ではそれらをオノマトペと呼ぶ。
しかし、日本の擬音語は重ね言葉にして使われることが殆どで、そこに文法が存在しているように思う。
「ちょうちょう」は、飛ぶときの様子を表す「てふてふ」という擬音語から来ているのだという説があるらしい。
「蝶」という言葉が日本に入ってきたころの中国、すなわち唐代の中国でのこの字の発音は、「diep」だったことがわかっているのだという。
「てふてふ」は、奈良時代には「でぃえっぷでぃえっぷ」と呼んでいた。
「は行」の音は、H行ではなく、少しまえまではF行であった。
すなわち、「は・ひ・ふ・へ・ほ」は、「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」だったというが、これが平安時代にまで遡れば「ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ」だったというからややこしい。
平安時代の文学の口語訳というのはよく知られているが、明治時代の文学だって現代語訳というのがあるのだという。
 

無神経すぎるように思えて

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月19日(火)16時44分6秒
  大阪における地震の被害が心配です。
それにつけて思うのだが、地震などにより倒壊などが起こったとき、瓦礫の下に閉じ込められた人たちの救出には、声が頼りだということ。騒音の中では、救いを求める声は聞き取れない。
72時間以内に発見して掘り出さないと命に関わる。
それにもかかわらず、TVの報道をみていると、各社取材と称して一斉にヘリコプターを飛ばしている。
その騒音たるや尋常ではない。救助活動を妨害しないようにしようとの配慮は無いのだろうか。
神戸・東日本・熊本と、災害があったたびに指摘されてきたことではないのか。
報道というのは、自己中心的では済まされないと思うのだが・・・
 

ゆずりは

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月17日(日)10時53分55秒
編集済
   今、本を作つてゐる著者、徳雲寺住職・石毛泰道さんから教へられて、映画『ゆずりは』の八千代市における先行上映を見てきました。
 主演の滝川広志、監督の加門幾生ほかの舞台挨拶や、撮影の舞台になつた八千代市市長からの祝辞もありました。

 滝川広志とはなじみのない名まへですが、これはおなじみ、ものまね芸人・コロッケの本名ださうです。
 映画の画面に最初に出てきたときは、まぎれもなくあのコロッケの顔でしたが、役柄である葬儀社の部長、しかも社長の娘を嫁にもらひながら、その妻を自殺で失ふといふ心の傷を抱へたシリアスな役を演じるうちに、まつたく別人のやうに見えてきました。

 これからご覧になる人もゐるでせうし、今、執筆中のお葬式をテーマにした石毛さんの本の重要なモチーフにもなると思ひますので、あまり立ち入るのはやめておきますが、正直、葬儀社の仕事といふものを、改めて見直させられました。

 これから原作の新谷亜貴子著『ゆずりは』(銀の鈴社)も読んでみようと思ひます。
 著者は、知人から「ゆずりは」といふ木のことを聞いて、この小説を思ひ立つたと言ひます。この木は常緑樹ですが、若葉が育つのを待つて古い葉が落ちていくさうです。
 まるで若い葉に「生」の場を譲るやうに古い葉の「死」が訪れる、そこから「譲り葉」の名がついたのだと言ひます。

 人間も、若い世代に「生」を譲るやうに古い世代が死んでいく点では、この「ゆずりは」と変はりません。
 むしろそのことを含めて、人の「死」は「生」のためにあり、お葬式も亡くなつた人の「死」をテーマにしながらも、じつはその人の生きた「生」を、その人の人生の中でもつとも浮き上がらせるものでありたい、といふメッセージが映画には流れてゐました。
 まさにこのことの実現のために映画の中の葬儀社員たちは奮闘し、いくつもの感動を生み出してゐました。
 原作者も、映画パンフの中で葬儀会社を題材に選んだ理由として、「死はある意味でもつとも生に近いものと思つたから」と書いてゐました。

 お葬式をテーマにした映画としては有名な伊丹十三監督の『お葬式』がありましたが、私は個人的にこの映画はダメでした。アカデミー賞作品『おくりびと』にはたしかに感心しましたが、人間的感動よりも仕事としての納棺師の存在が印象に残りすぎた感があります。

 さうしたもろもろを含め、あのコロッケが主演なのに、この「なのに」が「だから」に変はりつつありさうで、仕事がらみといふ特異点を抜きにしても、素直によかつた、感動したと言へる映画だつたと言へさうです。

 

旧武家住宅

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月17日(日)08時55分56秒
編集済
   昨日、飯田駅でバスを降りてから電車に乗るまで1時間近くあつたので、市の指定文化財になつてゐる旧武家屋敷、福島家を見てきました。今も人が住んでゐるさうです。川路・福島家との関係は知りませんが。  

ガーン!

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月16日(土)12時52分1秒
  8を超えて9が出ていました!
ただ、飲んでみたら、ちょっとビールにはムリか。
 

中国小話だったんですか

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月16日(土)10時42分31秒
  形は違うけれど、その賭けは割と有名なのではないでしょうか。
それが中国の小話からきているのだとは知りませんでした。

殷は、中国の王朝である。文献には天乙が夏を滅ぼして王朝を立てたとされ、考古学的に実在が確認されている中国最古の王朝であるとされる。別名では商朝ともよばれる。
最期の王と言われる紂王は、体力,知力にすぐれたが,妲己 (だっき) を愛して酒池肉林の楽しみ、周により滅ぼされた。夏の桀王、殷の紂王と並び、悪王として歴史に名を残している。
商(殷)が滅びると、その国民は中国全土に散らばった。生きていくために生業としたのが物の売買。
それをする者を商人というのは、商の国出身者がその語源だとされている。
 

一応、答へ

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月16日(土)04時45分2秒
  【弁護士】この老婦人と150万ドルで賭けをしました。
 銀行の店長さんに私たちの前でズボンを脱がせ、お尻を見せてくれるといふ賭けで・・・



 

答をどーぞ

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月15日(金)19時56分58秒
  外出先なので、shiozさん、お願いします。  

カンニング

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2018年 6月15日(金)17時38分30秒
  しちゃいました ・・・ 「中国の小話」その165―新時代の賭博― [2018年06月15日(Fri)] というのを ・・・ わるうございました。  

また聞きですが……

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月15日(金)14時55分30秒
編集済
   日本財団の笹川理事長から毎度もらつてゐる「中国の小話」その165がとても面白かつたので、そのまま引用させていただきます。中国話なのに旧仮名ですみません。

―新時代の賭博―

中国人が賭け事好きなことは、今や外国でも有名である。
老婦人が50万ドルの現金を所持して銀行に入り、店長が老婦人をVIP室に案内しました。

【店長】この現金は奥様の貯蓄財産ですか?
【老婦人】とんでもない。賭けに勝ったお金ですよ。
【店長】ありえない話ですね。
【老婦人】信じなければ店長と賭けてもいいですよ。
     明日の朝、あなたのお尻に三角形の蒙古斑が出てきます。
      賭け金はこの50万ドルにしよう。

店長は50万ドルの現金を目の前に暫く迷ひましたが、賭けに応じました。
店長は帰宅して、鏡の前で何度もお尻をチェックし、何の跡もないことを確認しました。そして、翌日の朝銀行に出勤した店長は時間通りにVIP室入りました。老婦人はスーツ姿の弁護士さんと先に待つてゐました。

【老婦人】今日は弁護士さんの立ち合ひの元、店長さんのお尻を検査いたします。
【店長】三角形どころか何の跡もないですよ。

店長はズボンを脱いで老婦人と弁護士にお尻を見せました。

【老婦人】確かに何の跡もないですね。私が負けました。

しかし、結末としては老婦人は100万ドルをせしめて帰りました。
弁護士は顔が真つ青になり、頭を壁にぶつけ、気絶してゐましたが……。

さて、老婦人はどうして50万ドルを失つたのに、100万ドルをせしめられたのでせうか。
答へは明日。おわかりの方は、投稿してください。


 

半世紀前の記憶と十数年前の記録(拙文)

 投稿者:Go-tandaメール  投稿日:2018年 6月15日(金)01時40分33秒
編集済
   大分失いかけた記憶、半世紀前の小生の手紙がShiozさんの再掲載(JPEG)十分に解読出来て、恥ずかしいながら当時を再認識させられました.。有難うございます。
 今更、過去を振返ってみますと、
 1970年頃は僅か建国200年で負け知らずの米国がベトナム戦争末期で悩み国内では新しい波も現れました。比べて日本は高成長の景気で大勢は浮き足立ち、それを憂う一部の人々の様々な事件もありました。西欧は長い歴史文化を経た大人社会と見えました。
 このような時期に一通り世界を廻った私の世界観は現在も変わらず、その後の成長は止まった状態で年齢のみ過ぎて行きます。

 改めて古いシーゲラム広告コピーから「酒を飲み干した時に、素晴らしい三五会の仲間を得た。」本当は当人は飲めないんですがネ。

 ついでに酒に関して感想と質問?
 数年前に友人の実家であんこう鍋と酒をと招待されて、確か若清水酒造(福島県石川郡平田村)を新種仕込み頃に尋ねて時に、酒蔵の仕込み樽よりアルマイト柄杓で試飲させられました。上質のワイン以上に上品な甘みフルーティと香りを酒の飲めない私が何杯でも飲んでいたい気持ちとなり、余りに美味かったので全く加工しない同じ酒を持ち帰り、東京で飲みましたが、何故か異なる味、印象で落胆した出来事がありました。
 酒通の皆様に要因をお尋ねしたいものです。また酒屋当主自作の水を加えない酒汁だけのアンコウ鍋は絶品でした。
 

水戸納得師匠の お写真(再掲)

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2018年 6月14日(木)17時55分48秒
編集済
  水戸から一橋へ、そして宗家を継いだ“慶喜公”は、明治26年以降は写真撮影に没頭された、と言われていますが ・・・ それは Go-tandaさんの 『酢酸液で呼吸も苦しい暗室の中で銀が焼かれて浮かび上がる画像に喜びを感じた時代』よりも、さらに幾世代も前の時代だったのでしょうが、mitto師匠はその流れを引き継いでおいでたのかも ・・・ ?

時の記念日の6月10日に、コーメイさんが紹介されたWEBの写真を観て ・・・ その時は、なんとなくバタバタしていた為か、“いつか、どこかで見た、懐かしい写真だなぁ!”と思っただけなのでした(失礼!)が、今日の木器さんの記事を見て、改めて思い出しましたのは ・・・
そ~~ なんです! ・・・ 下に示す映像は、100000 ですが、これは、2006年9月3日23時頃、ワタクシが、SNGO-kai OPENの キリバン・ゲットした、カウンタの映像なのです。

それに対して、当時のmitto師匠が、そのお祝いとして送って下さったのが ・・・
下の2番目の映像に示した「手紙」を添えた、額装された2枚と、予備の1枚の写真 だったのでした。
・・・ 手紙を読んで頂ければ、その3枚の写真が、京都写真美術館の どの写真なのかは、お判りになることと思われます。

改めて、Go-tandaさんに 御礼申し上げますとともに、“京都写真美術館・殿堂入り”を お祝い申し上げ、更なる御活躍を祈念申し上げます。

 

虎はシシて皮残す

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月14日(木)13時48分41秒
  いまさらに 悔いてみたとて詮なきに 叶わぬことども 多かりにけり

もっと何かできた筈。もっと真剣に打ち込めば何らかの形を残せた筈と思うことは多いけれど、今更どうにもなるものでもない。力及ばずというほどの努力をしたという充実感に乏しいことが身を苛むが、気づかぬだけで、きっと何かは成し遂げているのだと、ひとり慰めている。

まんぢふこわい。おちゃがいっぱいくぉわい。
仕方がないから長生きして、これから何事かを為さんと思いはしても、さて何をやったらいいものやら。
生きていることだけでも価値があるのだとか、そのことだけで何かのお役を果たしているのだとか言われるが、神様はこの先一体何をお望みなのであろう。
とりあえずはへこたれないで、気づきを待てということだと、耐えるしかないか・・・。
きっと夢中になれるものが出てくると信じて・・・


3210のご師匠は名を残された。
AAはこれから世直大明神にでもなるしかないが、衰えを感じる今となってはね~。
 

犬も歩けば?

 投稿者:Go-tandaメール  投稿日:2018年 6月13日(水)19時14分31秒
編集済
   柏雀さん、以前にもイタリア語をお尋ねしましたが、カソリックの国で自殺を肯定された事は驚きでした。改めて有難うございます。

 放浪故の記録、偶然の産物「犬も歩けば棒に当たる?」でした。
 何気なく捉えた3,4コマ中1枚がフレンツェ市街路地の「三島由紀夫割腹事件落書き」写真。。。
 濃霧な中、ベニス運河脇道で出会った若いマントを羽織った若き少女の後姿写真。。。たった3枚撮影した中でのロマンチクな映画の1ショットとなったようです。
 偶然がなせる記録で、長方形(5x4,36x24mm)が定型写真の中で、2枚共に正方形(6x6cm)の構成は今でもお気に入りです。もっとも最近のインスタグラムは何故か正方形でしたが???

 先達が苦労し、進歩発展した写真の中で、江戸末期に、何故か?物に身体を預けた坂本龍馬肖像写真は有名です、窓から射し込む自然光に数分の微動も出来ず、苦労し記録された写真でした。
 我らの誕生時頃は、富裕層の趣味でもあり、ドイツ製ライカで一軒の家を購入出来たそうです。
 我々も酢酸液で呼吸も苦しい暗室の中で銀が焼かれて浮かび上がる画像に喜びを感じた時代も有りました。
 そんな半世紀前の白黒写真が今、皆さんに観賞される時、既にフィルム時代を終えて、デジタル全盛期となり、インスタグラムが流行り、インスタ映えと称し、毎食事を記録する風潮、桜満開時にはスマートフォンで花の中で嬉々としている方々の姿、旅行先の風光明媚な景色に背を向けた記念写真等で満足される人々に、彼の地が印象強く残ってるのでしょうか?

 これほど簡易にしかも美しく記録されるデジタル写真は、写し手の工夫も感じません。
 小生は機器が記録する写真の中身は、絵画の如く撮影者の気持ちや心情が現れると考えています。無機物な撮影機器を使用してもそれぞれ異なる画像となります。

 木器さん、コーメイさんが話題としていただいた、小生の写真に付いての雑感で、デジタル全盛期の今は戸惑っています。
 

おめでとうございます

 投稿者:柏雀  投稿日:2018年 6月13日(水)17時52分26秒
編集済
   少しゴタゴタしてご無沙汰している間に、いいニュースがありました。

 Goーtandaさん、京都写真美術館入り、おめでとうございます。

 写真の一部はだいぶ前に頂いておりましたが、素人の柏雀が見ても、実に素晴らしい写真です。

 特に、ヴェニスの2枚がいいですね。中でも女性の後ろ姿が何とも粋です。また、モノクロの良さに改めて気づかせてくれました。

 ほんとうに、いい仕事をされましたね。


    友がみな 我よりえらく見える日よ

        まんぢう買ひ來て 妻と茶を喫む - 柏木


 なほ、三島に関する落書きの件、Goーtandaさんにはだいぶ前にお伝えしましたが、「自殺は常に卑劣な行為であるというわけではない!三島よ!」という意味ではないかと思われます。カトリックの総本山があるイタリアにおいても、三島の自殺を肯定的に受け止める向きがあったようです。

 

盈人さん殿堂入りおめでたう!

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月13日(水)04時26分59秒
   いやいやすごいことです。盈人さんの京都写真美術館入り。野球で言へば例の「殿堂入り」に匹敵する快挙ではないでせうか。

 それをコーメイさんがおつしやるやうに、奥ゆかしくURLを載せてないところ、「京都写真美術館 棚田盈人」で検索すれば出るURL、
https://kyoto-foto.jp/products/list?category_id=24
 を、ちやんとコーメイさんが調べて載せてくれるなど、涙が出るほどうれしいことです。

 この懐かしい白黒写真の傑作。何枚かは記憶にあるものですが、とくに最後の「MISHIMA」といふ落書を写した一枚は、日本での三島由紀夫の自決を知つた三島ファンが書いた事件直後のなまなましさを伝へてゐると思ひます。

 落書きの意味は「三島は悪くない!」でしたか?
 まさに、ヨーロッパのさりげない場所に残された歴史の一断面を切り取つた一枚と、素人ながら感服します。

 盈人さん、いい仕事を残されてゐますね。まだまだ現役で、驚くことに奥方ともども大ゴルフ大会に参加されるなど、ますますお元気でご同慶の至りです。これからも、われら仲間の模範であつてください。


 

話し十分の一

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月11日(月)14時18分37秒
  切り立った山々が立ち並ぶ風景は、まるで墨絵のように幻想的であるが、そんな桂林の景色を堪能できるのが、漓江下り。
船に海苔や否や、土産物売りが纏わりついてきた。頑丈な木箱に入った酒を買えというのである。
値段を聞くと、3万円だという。付けもつけたり法外な値段。
話し半分だとして1万5千円でも高すぎる。断り文句として「まあ3千円だな。」と答えると「それでは売れない。」と言って引き下がっていったからやれやれと思っていた。
船が終点に差し掛かると、先ほどのあんちゃんが、3千円でもいいから買ってくれと泣きついてきた。
1000円でも買いたくはなかったが、一度口に出した以上後に引けないのが日本男児。
荷物が重くなるのを我慢して贖いはしたが、その後何年も家にころがっていて、誰も飲まなかった。
 

ジャパン

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月11日(月)11時33分6秒
  水戸のご師匠は、AAが中国を忌み嫌っていると仰せだが、そんなことはありません。
捏造した歴史教育で日本を貶めたり、覇権的な行動で周辺国を脅かしたりするのは、1党独裁による政権維持に行き詰まりを感じ、共産主義にあるまじき極端な貧富の差を生じている実情や人権問題等、国内の不満の目を逸らせるためにしているように思えて、違和感を覚えているだけです。
仲良くしていこうとする姿勢を示す前に、力による外交をしているようにしか思えないだけです。
どちらかと言えば中国は好きで、以前には何度も中国各地に旅行をしていましたが、中国が経済発展をするにつれ、年を追うごとに反日色を強めているように感じるようになってから、行くことをやめてしまいました。
他所の国のことだからどうでも良いのだが、この先どうしようと思っているのだろうか?

ニッポン(或いはニホン)のことをどうしてジャパンと呼ぶのだろうか?
マルコポーロによる「東方見聞録」に「黄金の国ジパング」と書かれたことで、この「ジパング」が「ジャパン」に変化した、というのが通説となっているという。
しかし、ニホンとジパングでは、音に隔たりがあり過ぎる。
マルコ・ポーロは、どうして日本のことを「ジパング」と呼んだのでしょう?という疑問が湧く。
ここで気になるのが、マルコ・ポーロ自身が実際には日本に訪れたことは無いという説。
彼は、中国で伝え聞いた話をもとに日本を「ジパング」と紹介したのだというのである。
 つまり、彼は「にっぽん」「にほん」ではなく、中国語の「日本」(当時の発音では諸説あが、「ジーペン」のように読まれていた。)というのが有力な説となるようです。
「ジーペン」が由来なら「ジパング」という表現も納得できます。
シナをチャイナと呼ぶのも、そういうことなのであろう。
支那が駄目なら治那ならどうなのだろうか。
 

好き?嫌い?中国

 投稿者:Go-tandaメール  投稿日:2018年 6月11日(月)02時19分24秒
   コーメイさんの中国史跡動画を鑑賞し、古鎮等、歴史ある街並み古鎮を切り取り映像化すると、酔えるほどに痺れます。もっとも今や文化を破壊し遮二無二に突き進む現代中国はAAさんが忌み嫌う大中華(独裁共産国)と成り果てましたが、上海以南の長江下流域、江南の湖水や小忳、鎮江や揚州の古鎮で茶を嗜むなど動画を見ながら訪れてみたくなりました。
 先日の難問に加え、一種間ほど前、東名御殿場からの帰路で小石が当たったのか、車両フロントガラスに亀裂が入ったのを帰宅し気付きました。デーラーで修理依頼したのですが、前面ガラス取り替えとなり大変な散財でした。初めての経験ですが、皆様も経験されましたか?
 以前の失敗談ですが、木器さんと仕事後の飲酒後に血圧が下がり貧血症状を表れて迷惑をかけたり、JR五反田駅ホームで倒れ入院した経験もあり、医師からは禁酒されていますが、ビールの一口目はいいですネ。。。。

添付写真は私のシーバス広告写真で有名コピー「酒を飲み干し、友を得た。」
 

とりあえずビールの口だが

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月10日(日)20時21分57秒
編集済
  「こだわる」とは、ひとつのことについて強く思い入れたり、 執着したりすることというのがその意味であると思うが、肯定的な意味で使われることは少なく、「あることを必要以上に気にしてそれにとらわれること」を表す言葉なのだと感じます。
「拘」という字の成り立ちは、かぎを引っ掛けてとめることということであり、そこから、「とどめる」、「とらえる」を意味を含んでもいるようです。

しかし、何かを究めようと思ったら、そこにある意味異常とも思える拘りを持たなくてはならないのかも知れません。
AAは、酒は強くありませんが、飲むことは好きです。
日本酒にしろワインにしろいわゆる洋酒にしろ、銘柄を利き分けることはできませんが、名の知れた銘柄のものをかなりの種類飲んでいるとは思います。
昔、山形の酒造を訪ねた際、そこのオーナーが酒造りに拘っていて、水を磨くということを説明してくれました。
彼が磨いたのだというタンクに湛えられた水は、まさに空色をしていました。
「酒は好きなのだけれど、弱くて量が飲めない。」と話したところ、「良い酒を少し飲めばいいではないか。」と言って奨められたのが、黒い4合壜に入っていて1万円というものでした。
少し飲めばいいと言いながら、仕込み樽1本を買わないかと言ったから、本音がどこにあったのかは解らない。

食べ物や飲み物にとやかく言うことは基本的にはない。何故かと言えば、何を食べても何を飲んでも美味しいと感じるからです。味音痴といえるのかも知れません。

ただ、水だけには多少拘りがあります。美味しい水というのは確かにあります。
そして、ただの水道水であっても、汲んだ水に緑色の石だとか縄文土器の欠片をしばらく浸けるだけで、味が全く変わるということを経験して以来、お茶や味噌汁にはこの水を使っています。
 

良い事も……

 投稿者:コーメイ  投稿日:2018年 6月10日(日)17時49分44秒
   Go-tanda さんが、サラリと、「良い事もありました。」と言っている奥床しさって、一体、何段だろう(キット、5段だ、だろう!と思って、見てみたら、※1でした。まさに古き良き時代。すさんだ昨今の世相とは異なり、心底goodくる作品の数々ですね

 木器さんは、8%のビールにご満悦のようですが、数R ノンRビールの中には、結構いけるものもRようです。そういえば、2.5%ビールを口にしたことが、Rのですが…。

 5年ほど前、※2の武陵源・張家界のツアーで、鳳凰古城を訪れた際、ミニ万里の頂上を散策し、お土産の出店で (2分30秒過ぎ) 目にした、地酒(下の写真)は、60度。味はまあまあー。その夕食に地ビールの用意もあったのですが、正にそれが、2.5%ビールでした。不味い!

 日本語ペラペラの現地ガイドさんに尋ねると、「当地では、60度の酒が主流で、ビールは、酔い冷ましに飲む程度だから、度数や味は二の次」とのことでした。

   ※1 https://kyoto-foto.jp/products/list?category_id=24

   ※2 https://www.youtube.com/watch?v=C46n5AKfZpc&t=47s

  
 

こだわり

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2018年 6月10日(日)17時49分37秒
  木器さん式には、「こだはり」っちゅうのかも知れませんが ・・・
Retsuさんは、
『夏の暑い日のビールの泡立ちと、アノ音を聞いても一向に飲みたいと意欲が湧きません。
 冬の熱燗の日本酒も同じで、一生その美味しさを知ることが出来そうもないので残念です。
  ウイスキーや焼酎のような蒸留酒には目がなくて、焼酎は「芋」に拘っています。』
などと仰せですが、

そこで ・・・ <拘り=偏見> という公式は、成り立ちませんでしょうか?
いやいや ・・・ 「拘り」は、「思い込み」から来る、一種の「偏見」のような気が致します。
即ち、 、 思い込み ⇒ 拘り = 偏見 なのではないでしょうか?
♪ おもい~イ こんだァーら しれんーのヲ みーちーィを~ ♪ てな 感じで ・・・

ワタクシは、木器さんと同じで、『単なる呑兵衛(デモナイ)なので、醸造も蒸留も“,なんでもあり”の節操無さです。』が、多少の木の実 チャウ 好み はあります。
 醸造酒は、日本酒は様々ですので、その時々の雰囲気次第で、熱・冷とも戴きますが、ビールは余り選ばずに、その場のお薦めを グイ~ッと、飲ませて頂きます。
そして、ウィスキーは、バーボンよりもスコッチの方を ・・・ 焼酎ならば、「黒霧島」も好きですが、琉球の「泡盛・古酒」の方が、より好みのようです。

 

さすがshiozさん

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月10日(日)09時10分8秒
編集済
   ご指摘どほり、ついでに「ぜひお教へいただきたく」か「ぜひ教へていただきたく」に訂正いたします。
 旧仮名も、ほぼ自然に口癖のやうに出てくるやうになれば本物ですが、昔、古文をちやんとやらなかつたせゐもあり、とてもその域には達しません。


 

さうですね、Retsuさん

 投稿者:木器  投稿日:2018年 6月10日(日)08時48分44秒
   いつも三五会の飲み会のとき Retsu さんは焼酎番をしてくれて、蒸留酒党であることは承知してゐました。やはり、醸造酒系は性に合はないのですね。私などは単なる呑兵衛なので、醸造も蒸留もなんでもありの節操なさです。
 Retsu さんはぜひスピリッツ系を究めて、その粋をお裾分けしてください。

 でも最近の醸造ビール系には、スピリッツを混ぜてゐるものもありますよね。ちよつとでもスピリッツが入ると、ビールとはみなされず酒税が安くなるとかあるのでせうか。
 でも、このあたりの分類と酒税の関係は、いろいろごちゃごちゃとあつて、いまだにすつきりと頭に入りません。

 それもあつて、ビールみたいなものの中で、もちろん値段の安さもあつて、こいつはイタダキ!と思へたのが、「頂」8%だつたといふわけです。


 

梅雨時の湿った話題 PC Harddiskが壊れた。

 投稿者:Go-tandaメール  投稿日:2018年 6月10日(日)03時23分57秒
  木器さんや皆様へ、SANGO-kai Open 40満回達成は大変な偉業です。筑波神社奉拝朱印書を預けて後に、地方取材や付合いのゴルフコンペ(78人中66位、家内は総合7位、女子部で準優勝)等で、報告が遅れました。
 皆様も梅雨に入りで紫陽花に関心持たれてる様子、小生も10年前撮影の好きなガクアジサイ写真他を添付します。
 梅雨の如く、私個人の冴えない事情は、パソコン ハードデスク クラッシュ(3TB)で、常時3代のMacintosh OS 10.6,8(旧世代 Photoshop CS 2)  新型Macintosh OS 10.11.6 では,何故か、Windoiws 10も稼働する「BOOTCAMP方式」も使え、余談ですが「Portrait PRO 15」一般写真館で肖像写真を簡単に修正し美人とするソフトだけをテスト使用していますが、空々しい位にシワや肌色を明るく綺麗にし。大きな瞳に自動修正してくれるので、私個人としては違和感があり、実際には使えないとかんじています。最近のパソコンやスマートフォンで見かける若い女性ポートレートに使われれているようです。
 このように 新Macintosh OSで 新Photoshop CC 2018(Cloud) と使い分けている現状ですが、突然に、10数年前から保存していたRAW DATA(保存原画)が壊れてしまい、秋葉原 DATAOK 救済修理会社にて2週間かかり、8万円相当の費用でDATA80%が救済されました。これから復元できたDATAを再度新ハードデスクに移し替えて、改めてFilmから90x90cmのスキャナー写真DATAを調整作成して、新白黒1970写真(2018年度版)を保存する作業を続ける予定です。
 今までは2台のPCに、それぞれ3個のハードデスクで保存でしたが、時に写真原画大容量データーを失うものなのですね。 PC苦情ついでに最近のAdobe Photoshop Clud Softでは、写真フィルムスキャナーもプラグインで対象外となり、Epson Sqnerは独自SOFTで、Canon 35mmスキャナーはスカジー旧仕様で相手にされず、長々と個人の苦情を書き連ねましたが、悩み大き日々です。
 良い事もありました。古き良き時代1970年西欧白黒写真一部が京都写真美術館へ採用されました。
 梅雨の時期は紫陽花の花に慰められますね、とても高貴高齢者の病名等話題など出来ない状況でした。久し振りに掲示板へつまらない苦情をぶち開けてすみません。。。。
 

Zっちゃまは見逃さないネ~

 投稿者:AA3  投稿日:2018年 6月 9日(土)21時26分26秒
  へのには、か~。(屁の庭?)
そういえば昔、昭和天皇が国会の開会にあたって「くおくわいのくわいくわいにあたり」と仰せられてをられたことなぞ思ひだしました。
「え」と「へ」もむつかしふおじゃります。

ところで、terraさんのところでは、ブルーベリーがもう色づいたんですね。うちのはまだ真っ青です。
 

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