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消防小事情

 投稿者:コーメイ  投稿日:2021年 3月 2日(火)14時08分11秒
   柏雀さんの「鎮圧」については、昨日、足利市長の「鎮圧宣言」を聞き、瞬間的に違和感を覚えました。かつて、仕事の関係でお世話になった方にお尋ねしたところ、概ね次のようです。

 これは、消防用語で、最初は、「鎮火」のみで処理されていたが、消火活動の終了時期については、完全に火が消えたとされる状態であっても、目に見えない残り火等が原因で、火災が再(燃)発することもあるため、消防団の撤収は、幾つかのグループに分けて行われます。そのタイミングに合わせて考えられたのが、「鎮圧」で、これは、「消火活動により火災の勢いを弱くした状態」をいい、鎮火とは、「火災が消火され、消防隊による消火活動が必要と無くなった状態」をいいます。

 この言葉の発案者は、若い頃お世話になった方でしたが、栃木県下等の各市町村だけでなき、東京消防庁からも、この山火事の消火活動に消防隊を派遣しています。消防団は、民間のボランティアで、イザというときには、仕事を投げ出して、火災現場に直行します。以前、近くの寿司やさんで食事をしているとき、火災があり、寿司やの旦那さんは、消防団に所属していましたので、吹っ飛んで行ったということがありました。

 東京消防庁の職員数は、1万8千人と聞いておりましたが、これには、消防団の人数は含まれておりません。2年ほど前から、採用を増やし、救急の仕事に携わる人員を大幅に確保しているそうですから、今では2万人前後でしょうか。消防の仕事は、「火消し」というイメージがありますが、コロナに関係なく数年前から「救急」が大きな比重を占めるようになっており、真夏に開催される、東京オリンピック、パラリンピックでの、熱中症等への対応、各競技場で火災等が発生した場合の行動、避難誘導等、不測の事態に備え、怠ることなく万全の準備を進めているそうです。
 

乱れまくっていては恥ずかしい

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 3月 2日(火)11時13分43秒
編集済
  陸奥守源頼家朝臣が貞任宗任を攻めたとき、貞任は堪えられなくなり遂に城から出て逃げ落ちようとしたところへ頼家の長男八幡太郎義家が追いすがり「衣のたてはほころびにけり」と下の句をもって呼びかけた。貞任は馬をとどめて義家に向い、間髪を入れずに「年を経し糸の乱れのくるしさに」と上の句を返した。
義家はその返答に感じ入り、弓につがえていた矢をはずし追撃を止めて帰った。
命のやりとりをしている戦いの最中でありながら、たいへん優雅なことであった。
「たて」は「館」と「縦糸」、「ほころぶ」は「館が破れる」のと「糸がほころぶ」のを掛けている。
 

文字の乱れの苦しさに

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 3月 2日(火)10時47分43秒
  同じく、聞いていて違和感を持つ言葉に「発覚」というのがある。
発覚は、もともと「よくないことと知りながら、わざと隠していたことが、 ばれてしまうこと」という意味である。
「判明」と表現すればすむところでも、これを使い分けしない。
判明とは、明らかになること、また、はっきりわかること。
他にも日本語を知らないのか!と思えるものは数多い。
 

山火事は「反乱・暴動」か?

 投稿者:柏雀  投稿日:2021年 3月 1日(月)22時39分7秒
編集済
   某公共放送のラジオニュースを聞いていたら「発生から9日目となった栃木県足利市の山火事はほぼ消し止められ、市は1日午後4時に”鎮圧”したと発表するとともに云々・・・」と言っていた。

 ワタシャ「鎮圧」は反乱や暴動を武力で制圧することと思っていたんですが、昨今では山火事にも「鎮圧」を使うようになったんですかね。

 もしかしたら、消火活動を支援していた自衛隊あたりの業界言葉を、市の担当者や某公共放送の記者が無分別に借用したんでしょうか?

 いずれにしても耳障りな言葉でした。
 

仮令敵わないとしても

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 3月 1日(月)20時12分30秒
  織田信長は六天魔王と呼ばれ、残虐非道な武将として語られることが多いが、本当にそうだったのだろうか?
もしそうだったとしたら、多くの武将を従えて天下統一なぞ図れなかったと思える。

桶狭間の戦いに臨み、弾正家の誇りの為に今川義元に挑む前に舞ったという敦盛は、信長の心中にある共感を表わしたものであり、強敵の前に死をも覚悟したのだと思う。家臣団が奮い立たないわけがない。
敦盛は、平家棟梁である清盛の弟の経盛の末子。
平家一門が皆、官職に就いていく中、一人無官であったために無官太夫と呼ばれていた。
敦盛は笛の名手で、祖父忠盛が鳥羽天皇からもらった笛を父・経盛を経て与えられ、それを譲り受けていた。
源義経の奇策「鵯越えの逆落とし」で平家は混乱に陥り逃げ惑っていたとき、40歳を超えていた熊谷直実であったが、まだまだ血気盛んで良き敵を探していた。
見ると1騎の武者が馬を海に入れ、沖の船に向けて泳いでいた。
その武者のいでたちは、鶴の刺繍がされている衣と萌黄の鎧を着て、金色の太刀を持ち、灰色に円い斑点が付いて銭を連ねた様な模様の連銭葦毛の馬にまたがっていた。
直実は叫んだ。「よき大将軍と思われる。卑怯にも敵に背を向けるか!返せ、戻せ!」の声に応じて引き返してきた武者を波打ち際で取り押さえた。
首を切ろうと兜を脱がすと、薄化粧をし、お歯黒をした我が子と同じ16、7歳ほどの美少年だった。
「あなたはどのようなお方だ!名乗りたまえ!助けてやる。」と直実。
「まずそなたから名乗れ!」
「まだまだ知られてはいないが、武蔵国の熊谷直実と申す!」
「あなたにとって良い敵だ。名乗らなくても首を取って人に尋ねてみよ!さあ、首を取れ!」
「あっぱれな大将軍!あなたを打ち取ったとしてもこの戦の勝敗が変わるわけでもない。
この戦いで我が子が傷を負い、私はとても悲しかった。あなたの父が、あなたが討たれたと知ればさぞ悲しむことでしょう。お助けします。」
しかし、後ろを振り向くと50騎ほどの味方の軍勢が近づいてきている。
「ああ見て下され。お助けしたいのですが私の味方の軍勢が迫ってきています。もはやお助けすることは叶いません。せめて私が手をかけ、後世を弔い仕ります。」として
直実は武者の首に手をかけました。
その場を立ち去ろうとしたとき、綿の袋に入れられた『笛』を見つけました。
笛は、武者こと平敦盛の父・経盛の元へ送られました。

「天下布武」というのも、武力をもって天下を治めるという意味で使われるが、「武」は「たける」と読む。竹のようにまっすぐにただすということ。その理想を前面に打ち立てたから、武士たちは共感してしたがったのだと思う。
 

ねぎま

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 2月28日(日)10時52分43秒
  ネギはどんな使い方をしても美味い。
我が家では微塵切りにし醤油漬けにしたものが、食卓には必ずのぼっている。
何に合わせても食欲を増進させる。
どうやら防疫効果もあるらしい。
猫も杓子もというのは、禰宜も杓子もから出ているのだというが。
 

葱らう

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月27日(土)15時01分58秒
   たまたま山芋とメカブがあったので、マグロのぶつ切りにぶっかけて「山メかけ」にして食べたら滅法美味しくて、急遽、焼酎を日本酒に変えて合わせました。

 その味の余韻が消えぬ今朝、新聞にねぎま鍋のことが出ていて、まぐろ続きだったのでおやおやと読んでいたら、蜀山人の歌が出てきました。
「生(おい)さきをいのる心の本まぐろ ねぎははなれぬうぶすなの神」
 この「ねぎ」は、野菜の葱と神職の禰宜を掛けたのだそうです。
 つまりは、ねぎま鍋で、長寿と繁栄を祈るというわけです。

 そしてこの「禰宜」は「祈(ね)ぐ」という古語から来ており、さらにそこから「願う」「ねぎらう」などの言葉も生まれたとか。
 日本語ってほんとに面白いし、豊かですね。

 そこでさっそく、味噌汁でも納豆でも、鴨鍋でもすき焼きでもカレーうどんでも、せっせと葱を食べて、しっかりコロナ終息を「祈ぎ」たてまつり、日夜頑張ってくれている人たちをはじめ皆さんの安全を「願い」、ご苦労を「葱らう」ことにしました。

 

お宝映像

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月26日(金)09時07分39秒
   牧水の歌ではありませんが、夜仕事の果てに疲れて飲む酒のつくづく美味し眠りつつ飲むかわりに、またちょっと夜仕事の果てに疲れて YouTube 探りをしてみたら、なんとイェペスが10弦ギターで「アルハンブラ」を弾いている手元が実によくわかるお宝映像を見つけました。

 アルハンブラ宮殿の噴水の水滴を表すようなきれいな連続音のトレモロは、薬指(a)、中指(m)、人差し指(i)の順で同一弦をはじいて出す音ですが、イェペスの右手のこの指は、まったく余計なテークバックのない最小のストロークで的確に弦をはじき、粒ぞろいの音を出しているのが見えます。

 イェペスの愛弟子だった小原聖子さんの父・小原安正氏は、日本のクラッシックギター界の草分けのような人ですが、やはりイェペスと親交があり、このトレモロを真珠の首飾りのように粒ぞろいの音の連続と表現したそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=EQGBbLBShzk

 ついでに本家「禁じられた遊び」の「愛のロマンス」を弾くイェペスですが、このアルペジオは、やはり右手指3本amiで1・2・3弦を順にはじく奏法で全編が成り立っています。
 ご存じのように、アルペジオの第1音、薬指aで弾く音がメロディになっています。したがってこの薬指の音だけは弦をはじいた後、その指を隣の弦に押し付けるように弾くアポヤンドという強い弾き方で弾いています。

https://www.youtube.com/watch?v=vBgDq5N6lCs

 ところで話変わって、こういう YouTube 情報、大変ありがたいものですが、これをそのままダウンロード、保存できる方法があるってご存じでしたか?
 私は知らなかったのですが、ふとしたきっかけで試してみたらバッチリでした。
 法的な問題はどうなのか知りませんが、よろしかったら試してみてください。

https://www.y2mate.com/jp/youtube/9-8tCGvq_-w

 

学ぶ気力が衰えて

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 2月25日(木)20時11分43秒
  漢文というのに初めて触れたのは、中学校時代の五言絶句だったように思う。
口調が良いので、律詩もいくつか覚えたのだと記憶している。「春望」や“年年歳歳花相似 歳歳年年人不同”で有名な詩「代悲白頭翁」は、高校に入ってからだったように記憶する。
漢文で最初に習ったのは、いわゆる矛盾の由来。
楚人(そひと)に盾と矛とをひさぐ者有り。これを誉めて曰く「わが楯の堅きこと、よくとほすもの無きなり」と。また、その矛を誉めて曰く「わが矛の利(と)きこと、物においてとほさざるなし」と。
楚人を「そひと」と読むのだと習ったことが新鮮であった。
もう少し真面目に勉強していたら、もっといろいろ身についたのかもしれない。
日本人の識字率が高かったのは、「謡」が浸透したからだとも聞く。
字は読めなくても聞き覚えたことが、後に文字と合致したとき、理解が進んだのだという。
伊那谷は国学が盛んな地であって、旧家には和綴じされた漢書を臓していることが多い。TOMOさんが学ばれた能というのは、上流階級のみでなく百姓町人も口遊んだらしい。
信長が好んで舞ったという幸若舞「敦盛」は、直実が出家する場面だというが、

思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなおあやし
金谷に花を詠じ栄花は先立って無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も、月に先立って有為の雲にかくれり
人間五十年 化天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり
一度生を享け 滅せぬもののあるべきか
これを菩堤の種と思ひ定めざらんは 口惜しかりき次第ぞ

正門の横を抜け、裏道から高田馬場駅を辿るとき、部室から漏れ出る稽古の音が聞こえてきたものである。
学業どころか生きることの方に必死だった時代には、興味はあっても学ぶに縁が遠かった。
水戸のご師匠さんから何度か能楽堂のお招きを頂いたが、素養が及ばず理解できないのが残念である。
 

二足の草鞋

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 2月24日(水)11時38分23秒
  草鞋を「そうあい」と読むとは知らなかった。渋沢一族は漢学の素養があった。
日本では若いものを色に譬えると黄色。嘴が黄色いなどというが、中国では青。豎子(じゅし)青面をもって・・・などというように使う。

中国の名著? ろうぷーとあん( 肉蒲団)は有名であるが、日本ではにくぶとん。
最近は料理番組でも「にくじゅう」というようになったが、少し前までは「にくじる」といっていた。シルと読みたいのなら「シシジル」としないと変だとずっと思っていた。
その伝でいけば、「防黴」は「ボウバイ」でなくてはならぬが、「ボウカビ」の方が通用している。
 

原口先生より

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月23日(火)14時13分37秒
   鹿児島の地元紙「南海日日新聞」に載った書評を、原口先生が送ってくださいました。やはり昨今の日本の何やら騒動との関連が注目されたようです。



 

サンタさんには苦労したけど

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月23日(火)09時32分51秒
編集済
   AAさん相変わらずの怪気炎、いや快気炎とうんちく、お達者で何よりです。

 アリンコの涙なんて、たしかに「いつか見れるよね」って言われても、「そりゃ無理です」になっちゃいますよね。っていうか念のためですがこの話、鈴与のCMソングのことですね?
 でも一緒に歌っている「見れるよね」のほかの二つ、鯨のダンス、北の国のオーロラは、いつかきっと「見れる」かも。

 たしかに子どもをだますとあとで苦労しますね。
 うちの娘なんか小4までサンタさんをわくわく信じていて、さすがにあわてましたし、月の兎はどうだったかは忘れましたが、あの月を取ってくれろと泣く子よりはましだったかも。

 そういえば、金子みすゞさんは「見れない」ものばかり歌っていました。イワシの大漁で浜は祭りのようだけど、海のなかでは何万のイワシの弔いするだろうと……。
 ほかの詩でも、昼のお星は目に見えぬ、見えぬけれどもあるんだと。

 いつか「見れるよね」っていわれても保証の限りではないけど、想像上のことだったら、見たことないもの、ふつうでは見られるはずのないものも、いつかどころか今でもたくさん見られて、それなりに楽しめるんじゃないでしょうか。

 そういえば話はガラッと変わって、デュエットの話。
 急に振ってすみませんが、Retsu さんの「夏の終わりのハーモニー」、YouTube にいい練習材料がありますよね。これでやっておいて、いずればっちり合わせてくださるよう今からお願いいたします。

(玉置パート)https://www.youtube.com/watch?v=GS0ETihoj3I
(陽水パート)https://www.youtube.com/watch?v=Uv-gTfDnHRI

 追伸:初演のライブがあったのですねー。おどろきました。
https://www.youtube.com/watch?v=WCSeiSOaHxY


 

日本人は流石

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 2月22日(月)20時23分15秒
  アリンコの涙 いつかきっと見れるよね
大声で歌っているけれど、そりゃ無理です。
TVから大声で歌う声が流れるが、こんなのを子供たちが信じたらまずかろうに。
鉄より強い紙とか鋼のように強いガラスという素材が日本で作られたというのは本当だけど。

澁澤青淵(栄一)「内山峡之詩」は、19歳の時の作なのだという。

襄山(じょうざん)蜿蜒(えんえん)として波浪の如く 西は信山に接して相送迎す
奇険は就中(なかんずく)内山峡 天然の崔嵬(さいかい)けずり成すが如し
刀陰の耕夫青渕子 販鬻(はんいく)信に向ひて路程を取る
小春初八好風景 蒼松紅楓草鞋(そうあい)は軽し
三尺の腰刀桟道を渉り 一巻の肩書崢(そう)こうを攀(よ)づ
渉攀(しょうはん)益々深くして険弥々(いよいよ)酷(きび)しく
奇巌怪石磊々(らいらい)として横(よこた)はる
勢は青天を衝き臂(ひじ)を攘(かかげ)て躋(のぼ)り
気は白雲を穿ち手に唾して征(ゆ)く
日亭未牌(びはい)絶頂に達し 四望の風色十分に晴る
遠近細辧(べん)す濃と淡と 幾青幾紅更に渺茫(びょうぼう)たり
始めて知りぬ壮観は奇険に存するを 真趣を探り尽くして遊子行く
恍惚として此の時得る有るを覚ゆ・・・つづく

長い漢詩のなかの一説(太字の部分)が、大河ドラマのタイトルなのだと言うが、偉人と言われる人は流石に違う。
 

デュエット・バトル

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月22日(月)09時42分45秒
編集済
   昨日の7チャンネル、「カラオケバトル・デュエット特集」ご覧になった人はいませんか?
 このところ素晴らしい合唱団の絶妙なるハーモニーに浸っていたせいで、このデュエット・バトルのハーモニー競演にも大いに期待して臨んだのですが、正直知らない歌がほとんどでがっかりでした。

 いえ、知らない歌でもほんと素晴らしいハーモニーで聞きほれてしまう歌もあります。そういう歌がなかったわけではありませんが、わからないのは、デュエット曲として定番の名作がなぜ歌われないのかということでした。

 男同士のデュエットだったら、最近の歌でもゆずの「栄光の架橋」は、まさにデュエットの名作と思いますし、聞くたびに二人のハーモニーに聞きほれてしまいます。
 古い名曲では、もう目白押しですよね。
 サイモンとガーファンクルの今日、BSプレミアムでやる映画『卒業』のテーマ曲「サウンド・オブ・サイレンス」もハーモニーの名曲、アリスの「冬の稲妻」なんて出だしからもろハーモニーだし、ビリーバンバンの「白いブランコ」や狩人の「あずさ2号」なんてハーモニーこそが売り物、陽水と玉置の「夏の終わりのハーモニー」なんて題名にまでハーモニーが付いているのに、なぜ選曲しないんでしょう。

 女同士のデュエットでも、あみんの「待つわ」
https://www.youtube.com/watch?v=tk9vxvOnJG8
 花*花の「さよなら大好きな人」
https://www.youtube.com/watch?v=Hfb5tIEkYw4
 なんてすぐ聞きたくなってしまいます。

 昨日の歌い手は、元々デュエット曲ではない歌を、デュエットで歌うケースのほうが多かったと思います。今度は最初から、もともとのデュエット曲に限定した大会にしてほしいと、切にお願いしたいと思いました。

 

経歴

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月20日(土)04時38分55秒
   このグループ、よく知らなかったんですが大変な人たちなんですね。
 東京オペラシンガーズのプロフィール。

 1992年、小澤征爾指揮、蜷川幸雄演出で話題を呼んだ歌劇「さまよえるオランダ人」の公演に際して、世界水準の合唱をという小澤氏の要請を受け、東京を中心に活動する中堅、若手の声楽家によって組織された。当公演の合唱は圧倒的な成果を上げ、その評価により、同年、第1回サイトウ・キネン・フェスティバル松本、バイエルン国立歌劇場日本公演(W・サヴァリッシュ指揮)に招聘され、評価を確立するとともに、継続した活動をすることとなった。

 東京オペラシンガーズは、サイトウ・キネン・フェスティバル(現セイジ・オザワ松本フェスティバル)にほとんどの年度に出演、オペラや宗教曲のCDが発売されている。東京上野の春の風物詩でもある、東京・春・音楽祭には第1回から連続出演。同音楽祭で、現代最高の指揮者の一人であるリッカルド・ムーティとも度々共演している。また同音楽祭で小編成による「にほんのうた」を2011年から毎年催している。

 

東京オペラシンガーズ

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月20日(土)04時21分37秒
編集済
   美人も多いしいい(美味しいと言い違えそうになりました)ですね。東京オペラシンガーズの「にほんのうた」。

https://www.youtube.com/watch?v=ZvzZ__185DI

 全体とても素晴らしいのですが、長いので飛ばして聞きました。
「からたちの花」の女声ソロが、どうしてもフラット(♭)気味に聞こえてしまうのですが、耳のせいでしょうか。

【滝廉太郎作品】
「花」作詞:武島羽衣 編曲:平井康三郎
「荒城の月」作詞:土井晩翠 編曲:平井康三郎

【山田耕筰作品】
「からたちの花」作詞:北原白秋 編曲:林光
「赤とんぼ」作詞:三木露風 編曲:篠原真
「この道」作詞:北原白秋 編曲:林光

【ピアノ独奏】演奏者:岡本佳子
「雨の道」三枚繪より 作曲:橋本國彦

【賛美歌】
「天にはさかえ」編曲:横山潤子
「いつくしみ深き」編曲:寺嶋陸也
「荒野の果てに」編曲:寺嶋陸也

【中田喜直作品】
「小さい秋見つけた」作詞:サトウハチロー
「雪の降る街を」作詞:内村直也
「夏の思い出」作詞:江間章子

【平和を祈って】
「さとうきび畑」作詞、作曲:寺島尚彦

 

訂正

 投稿者:柏雀  投稿日:2021年 2月19日(金)21時56分25秒
   木器さんのご質問にある柏市大室の放射線量を、一桁間違って読んでしまいました。

 「0.057」なら、環境省除染基準の「0.23マイクロSv/h」を超えていませんから、特に問題とはならないと考えられます。
 

ご回答御礼

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月19日(金)17時06分0秒
   柏雀さん、懇切なご回答ありがとうございました。
 自宅の線量も測られたんですね。震災の年ですよね。ほんとちょっと高めのところがありますが、今はいくらなんでも低くなっているでしょう。知らぬ顔していても大丈夫、なんて無責任に言ってはいけませんが……。


 

讃美歌の合唱

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月19日(金)16時51分19秒
編集済
  「星の界」の讃美歌版「いつくしみ深き」も思い出深い曲です。
 井深大さんのご長男・亮さんが、横浜市青葉台で開いていた井深記念館のチャペルで、集まりがあるたびに教会合唱団に所属する亮さんの指揮で何度も歌いました。
 井深大さんの早稲田の後輩にあたるボニー・ジャックスが参加してコンサートになることもありましたが、YouTube ではダーク・ダックスの「星の界」しかありませんでした。

 下にあげる合唱では、はじめの1番だけはほぼ讃美歌の楽譜どおりだと思いますが、2~4番は混声合唱用の編曲できれいに歌われています。チャペルで歌うときは最後に「アーメン」が入りますが、この合唱などコンサートでは入らないことが多いと思います。
 ついでにダーク・ダックスの「星の界」もその下にあげておきます。合唱もダークも、テナーの上ハモリがきれいでうらやましく思いました。

https://www.youtube.com/watch?v=HMr2uv60k6Q
https://www.youtube.com/watch?v=IatOXhhTUys


 

回答

 投稿者:柏雀  投稿日:2021年 2月19日(金)15時48分9秒
編集済
   10年前のあの時、原発の爆発によって空中に放散された塵が風に乗って柏市、特に大堀川流域の上空に差しかかった折に運悪く雨が降り、その塵は雨滴と共に地上に落ちました。

 そのため、大堀川沿いに「水際」の空間放射線量(地上1米)が1マイクロSv/h超える極端に高い場所が4カ所見つかり、立入禁止となりました。この4カ所の「水際」は現在も環境省除染基準の0.23マイクロSv/hを超えているようです。ですから、あの看板はまだ撤去されておりません。

 一方、上記4カ所でも、水際ではなく「堤防の上の散歩道」は、前記環境省除染基準を下回っており、散歩しても差し支えないようです。

 なお、我が家の近くにあるいくつかの学校では、校庭の表土を除去して地中に埋めるなど除染作業が行われました。また、公園でも同じような除染作業が行われました。

 柏市大室には、原子力関連施設はありません。放射線量が高いのは、塵が上空に達した時の降雨量が多かったのではないでしょうか。

 因みに、我が家の庭の汚染状況はこんなものでした(写真)。基準を上回る数値が記録された場所がありましたが、これは隣家の屋根の雨樋が詰まって、雨水が我が家の庭に直接降り注いだためと推測されます。この線量、今はどうなっているか分かりませんが、知らないふりをして生きています。 
 

質問

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月18日(木)10時52分52秒
   柏雀さんは気持ちのいいお散歩で何よりでしたが、ほんとこの看板は不思議ですね。ちょっと千葉県のホームページを見たら県内7か所に設置してあるといいます。
 書いてあることだけではわからないのですが、原発事故以来の放射線量が今もそんなに問題になっているのでしょうか? 川の側に近寄るなとか……。

 測定値の図を見ると、自然界の放射線量は、0.02~0.2マイクロシーベルト程度とありますが、柏市大室の今日の数値は、0.057とこの範囲内ですから大丈夫ということでしょうか。
 ほかの都道府県でも同じようなことはやっているんでしょうが、見たことがありません。

 念のために神奈川県のを見たら、モニタリングポストは県内の原子力関連施設の周辺に設置しているとのことで、川崎市内の東芝周辺に5箇所、横須賀市内のグローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパンという会社の周辺8箇所と限定されています。
 柏市の大室というのは、原子力関連施設がある場所ですか?

 

掲示板20周年と傘寿

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月18日(木)09時55分54秒
   お陰様でこの掲示板「SANGO-kai OPEN」は、スタートの2001年10月3日から数えて20年になる年を迎えました。

 この年は、図らずも多くの掲示板仲間の傘寿の年にもあたります。早い人はあと2、3か月で傘寿を迎えますよね。小生もですが……。
 思えば遠くへきたもんだと、故郷にいようが異郷に住もうが、その時空のはるかな想いに浸ることも多くなると思います。

 まして収まらないコロナ禍の自粛の中で、お祝い気分はさっぱりです。ここで油断せずに、もうひと踏ん張りということでしょうか。

 でも、テレビやネットでいい音楽や歌を聴いたり見たりすると、ふと歌ってみたくなり、アカペラもいいけど「一人カラオケ」でもやってみようかなと、買い物で街に出たときなど、「当店は感染対策に完璧を期しています」と一生懸命、客を呼んでいるカラオケ店に目が行きます。ちょっと心が動いて、足が向きかけましたが、やめておきました。

 五木寛之さんの「夜のララバイ」を、元歌は2番までしかないので3~6番まで増やしたのを、歌って録音したのを弟たちが送れと言ってくれているので、やってみたい気はするのですが。
 それと冬の冴えた夜空を見上げていたら、「♪つーき無きみそらーに、きーらめく光ー、ああその星かーげ、希望のすがたー、人知は果てなーし、無窮のおちにー、いざその星かーげー、きわめも行かんー」と歌う唱歌「星の界」(讃美歌「いつくしみ深き」)を歌いたくなりました。

https://www.youtube.com/watch?reload=9&v=_FvJyRAEm0s

 改めて聞いていると、しみじみとしてなぜか目に汗が出てきてしまいます。

 人知は本当に果てなしといえるのか、人知の果ててしまった人の世の情けなさを露呈しているような気がする昨今、やはり無窮のおち(遠)に思いを馳せて人類はもっと謙虚に、「つつしみ」を持って生きましょうよと、アポロ9号の宇宙飛行士ラッセル・シュワイカートさんと遺伝子学者の村上和雄先生がおっしゃっています。

 田舎のログハウスだったら歌えるんですけどねー。あまり移動も推奨されませんので、いつになることやら。

 

いつもの散歩

 投稿者:柏雀  投稿日:2021年 2月16日(火)11時33分4秒
   荒天一過。今日は気温も上がり、気持ちのいい散歩日和でした。

 大堀川沿いの広場では、保育園児たちが遊んでいました。(写真上)

 また、早咲きの桜の枝ではホオジロ(だと思う)が戯れておりました。(写真中)

 ところで、このいつもの散歩道には、このようなもの(写真下)が10年前から設置されております。最近では、ほとんど気にしていませんでしたが、先夜の地震のためか、今日は改めて見直す気になりました。
 

許容しあえないとは思えない

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 2月14日(日)10時58分6秒
  科学で真理とされているものは、万国共通なのだと思う。
精神を重要視する東洋哲学と物質を重要視する西洋哲学には切り口に違いがあるとは言え、もともとは人間が追求しようとしたものであるから、原点には共通点があるはず。
それが宗教だのイデオロギーだのということになると互いに相容れず、命がけの争いにまで進展してしまうのは何故なのだろう?
人間としての原典に立ち返れば、共通点は必ずあって、理解しあえる考え方というのは有るのではないのか?
それを阻むものが、育つ環境で教え込まれた「信」というものに起因するのであれば、信というものが何なのかということを真剣に考えねばならない。
男女差別というのもよく言われるが、生物学的に言えば、男女の差は否定しようもなく厳然としてある。
その特性を認め合っていないのだとは思えないから、互いが責めあうということではなく、理想とする社会を築きあげるには、穏やかであるべきだと思うのだが・・・
 

言葉ひとつで

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 2月13日(土)11時46分11秒
  白黒つけるという言葉がある。
今時は、白だの黒だのと分けると問題視されるから、ものをいうのも容易ではない。
ただ、ものごとが一方向にのみに流れるときには、立ち止まって考えてみる必要があるのだということはいつも思う。
以前、me too とか言って黒いスーツで身を固め、今回は白いスーツに白いバラでこれ見よがしに表れた人たちには、パフォーマンスしか感じなかった。彼らが普段、拉致問題や中国による人権無視問題に対し何らかの一貫した姿勢を貫いていたとは思えないからである。
世の中は、善と悪・右と左・正と邪のように単純明確に分けられるものなどなくて、中庸というか間にあるものが殆どなのではないかと思っている。
角を矯めて牛を殺すというけれど、角にだってそれで役目を果たしていることは多々あろうから、全てを否定するような動きは、バランスを損なうのだと思う。
女性蔑視だとする意見がかまびすしくとりあげられて、森会長に対する総攻撃がなされていたが、それらが取り上げられている部分だけが全てだとはとても思えなかった。
NHKのニュース番組でさえアナウンサーが自身のコメントを流す始末。彼女は自分の意見を放送に差し挟められるコメンテーターの立場ではあるまい。
断っておくが、森会長を擁護したいのではない。功績があったことは認めないと、公平な評価はできまいと思うだけである。そんなに揉めるのであれば、オリンピックなぞやめたらどうかとさえ思ってしまう人だって多いのではなかろうか。

貧富の格差についても、資本主義が問題なのかどうか判らない。社会主義国における貧富の格差の方が大きな問題のように思えるからである。要は全体像としてどうかということであるが、これがなかなか難しい。人間社会に万人が納得するようなものがないとしたら、どこで折り合いをつけるかということになる。
 

五代ディーン

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月13日(土)10時04分37秒
編集済
   14日スタートのNHK大河『青天を衝け』のキャストで、五代友厚にディーン・フジオカが決まったそうですね。

 忘れもしない原口泉先生が時代考証をした朝ドラ『あさが来た』で同じ五代役を演じ、一躍人気者になったのがディーン・フジオカでした。この五代ディーンがドラマに帰ってきます。
 原口先生は、時代考証のうちとりわけ五代に思い入れが強く、とくにディーンの薩摩弁指導には苦労されたようです。
 その経験がありますから、今回の五代役はまさにぴったりはまっているでしょう。
 脚本も名手・大森美香ですから、これも『あさが来た』と同じで、ほんとはここに原口先生も時代考証に入ってくれれば、まるで原口チームで作っていることになるのですが……。

 それとテーマ音楽のN響指揮は尾高忠明で、じつはこの人、渋沢栄一の従兄で青年時代の師でもあった尾高惇忠の曾孫に当たり、渋沢はこの惇忠の妹と結婚していますから、渋沢にとっても義理の曾孫ということになります。
 そして、しかもしかもです、この忠明は昨年のNHK放送文化賞を、原口先生と並んで受けているのです。

 二重にも三重にもいろいろとご縁のあるこの大河ドラマを、いろいろな角度から楽しめたらと期待しています。

『麒麟が来る』はなかなかの名作だったようですが、あまり見たくなくて見ていませんでしたので、今回は気を取り直して見ることにします。
 麒麟は最終回、やはり視聴率1位でしたね。日本史上最大の事件をどう描くかが注目されたのでしょうが、ああするしかなかったのか、あまりにもあっけない締めくくりのような気がしました。




 

馬盥の光秀

 投稿者:terra  投稿日:2021年 2月13日(土)09時29分39秒
   3月国立劇場歌舞伎公演は明智光秀デス。

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勉強になります 3

 投稿者:木器  投稿日:2021年 2月12日(金)13時41分53秒
編集済
   まずはコーメイさんに、早速お読みいただいたことのお礼を申し上げます。原口先生にもすぐお伝えしますが、ほかでもない禰寝家ゆかりの奥様ともども旧知のコーメイさんにご覧いただいたことを、ことのほか喜ばれると思います。

 しかも「はじめに」のアドバイスどおり、「解説」から先に読んでくださったとのこと。これについても、やはりあのアドバイスは正解だったのだと改めて確認でき、また勉強になりました。

 というのも、この「解説」、じつは当初「プロローグ」として最初に置いていたものだったからです。
 それを、出版社からの「早く本文に入りたいから」という要望があり、渋々、後ろに回して「解説」という扱いにしたのです。

 先生としては、資本主義の見直しという重要な観点から、渋沢をとらえたいと思っていたわけですから、先日も書いた『資本主義の再構築』だけでなく、ベストセラーになっている『人新世の資本論』にまで話を広げたかったのですが、時間がありませんでした。

 そんないきさつもあり、またほかの渋沢本との差別化のためにも、まず「解説」から読んでいただくのが大正解だと、お陰様で確信できました。重ねて大感謝です。

「人新世」に関しては、今進めている遺伝子生命学の権威・村上和雄先生の企画で触れることができると思います。いずれまた、ぜひご案内させてください。

 

好きにしてくれ

 投稿者:AA3  投稿日:2021年 2月12日(金)11時38分52秒
  そんなの自分の好きにしてくれ!としか言いようがない。
イケメンで優しい韓国人と結婚したいというのであるが、理由として挙げているのが、秋ナスは嫁に食わすなというような諺のある国より韓国の方が良い、というのである。本当の日本人かどうかは確認できないが、蓼食う虫のことまで心配できない。

「秋茄子は嫁に食わすな」というのは、美味しい秋ナスを嫁に食わすのは勿体ないとする姑の嫁いびりから出た諺だというのが一般的解釈であるが、秋ナスは体を冷やすから大事な嫁には食わせるな、ということから出ているのだとか、秋ナスは種ができないことから子供ができないことを連想するのを嫌ってのことだともされている。
鎌倉時代に作成された『夫木和歌抄』には以下のような歌が掲載されてい。
秋なすび わささの粕につきまぜて よめにはくれじ 棚におくとも
上記の和歌は「酒粕に漬けた秋茄子を美味しく食べられるまで棚に置いておくのはいいが、ネズミに取られないよう注意しなさい」を意味しているのだという。「夜目(よめ)とは「ネズミ」のことを指すのですが、同じ読み方であることから「嫁に食わすな」に転じたのだという。
最近の日本女性は何を解っていっているのかわからないが、韓国の男は日本の男と較べて優しいと思っているらしい。彼の国には古くから、「女は三日殴らないと狐になる。」「梨の腐ったのは娘にやり、栗の腐ったのは嫁にやる。」「営門で頬を打たれ、家に帰って女房を殴る。」という諺があるのを知っているのだろうか。
更に言えば、東南アジア諸国には韓国人男性と結婚することを禁じている国があることなぞ知るまい。
 

勉強になります 2

 投稿者:コーメイ  投稿日:2021年 2月12日(金)11時14分1秒
   多摩大学学長の寺島実郎さんの政治経済等に関する論評は、教わること、納得することが多く、テレビ番組等出来るだけ見逃さないように努めている。

 原口先生の「はじめに」で、最初に「解説」を読むことを薦めておられるので、読んでいると、日本総合研究所会長の寺島実郎さんが語っていることに触れておられる。昨今の行き過ぎた商業主義、生産活動や実態経済とは無縁なマネーゲーム、格差の拡大等々自由主義経済の歪みという問題意識は成程と共感している。

 今、資本主義社会は日本ばかりでなく、世界中で色々な形に変質していると思う。それが齎している最大の心配は、格差の拡大と思うのだが、数年前、何かで「世界の富豪8人の資産の総額は、世界の貧困層36億人のそれに等しい。」という記事を読んだ。

 これで、格差の全てをいいつくせる訳ではないが、入り混じった思惑等が働いて、変質を続ける昨今の社会の在り様も、原点にかえって見直す必要がある。そんな問題提起を深く理解する積りで、ゆっくり、読ませていただきます。
 
 

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