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おんれい

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2009年10月22日(木)23時39分38秒
  皆様方、山陽道の“てくてく旅”を熱心に(?)御覧頂き有難う存じます。早穂ひめさまに代わりまして御礼申し上げます。
にこにこ顔の紛れもない御仁が登場されたそうですが、ワタクシは それほど熱心ではありませんので、テレビで ただ 見てるだけ デス。

加古川名物と言われる“かつめし”のことは、和彦さん提供の 駒ヶ根の“ソースかつどん”の話題があった時に触れた様な気がしますが、ワタクシ的には、名古屋の“みそかつ”と同じように、一度試せば もう結構といった感じです。9月に味見した駒ヶ根の“ソースかつどん”のほうが美味であったように思います。尤も、店によってタレの味が異なるらしいのですが ・・・ 「加古川 かつめし」でネット検索すれば、何件もでてきます。
 

かつめし

 投稿者:コーメイ  投稿日:2009年10月22日(木)20時31分0秒
編集済
   街道てくてく旅は、朝8時だから、その時間は、成城学園と下北沢の間で、爆睡中。とてもお目にかかれないと思っていたら、昨晩7時45分から再放送をしていることが、偶然判った。

 「御着駅」は、「加古川駅」の4っ先、「姫路駅」の1っ手前で、随分変わった名前だなーと、数年前から、通るたびに気になっていた。

 台風13号さんの「大勢の市民の皆さんの中にかなり似た方……」が果たして、と本日の再放送観ていたら、オープニング、原田嬢と地元テレビアナの会話に、にこにこ顔の御仁は、紛れもなく、はりまのshioz様と、ワタクシも感じました。お隣におられる美人は、ご内儀ではありますまいか?

 七夕デートの際、序にした姫路の仕事準備、その事業も、20日から今日までの3日間、滞りなく終了、とのメールが来て、ホットしたところです。

 今日放映の「かつめし」は、存じませんでしたが、七夕デート、何故か高齢となった、加古川の「宮崎地鶏」は、ほんま、いけまっせ!台風13号さん!

 でもその内、是非本場もんを!とも思っております。
 

街道てくてく旅。山陽道

 投稿者:台風13号  投稿日:2009年10月22日(木)11時24分28秒
編集済
  街道てくてく旅は春編もみて、秋編も毎日見ています。
はりまの shioz  さんの地元からの中継を今朝、拝見しました。中継地点におられた大勢の市民の皆さんの中にかなり似た方がいたようにも見えましたが、確信を持つにいたりませんでした。JR加古川駅近くからの中継でしたが、起伏の少ない広々とした穏やかな町に住んでおられるんだなと感じました。
 

畳の拭き方

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月20日(火)12時31分20秒
編集済
   法事があって信州に帰ったとき、嫁にいった姪の子供でまだ幼稚園にあがる前の男の子が「畳は目に沿って拭くんだよ。」なんて言うから、「誰に教わったの?」と聞くとお祖母ちゃんからだと答えた。
「じゃあお祖父ちゃんからは何を教わったの?」と聞くと、「こーげんれいしょくすくなしじん」などと呪文のように唱えながら「おじちゃん知ってるか?」などと試すようなことをいう。
「巧言令色鮮なし仁」なんてのは、昔漢文でやったからわかるけれど、チビのうちからでも意味はわからずとも諳んじることはできるのだから、素読っていうのも大事かも知れません。
 

街道てくてく旅

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2009年10月19日(月)10時07分54秒
  秋の彼岸過ぎから後半が再開された、元シンクロ選手 原田早穂さんの「山陽道てくてく旅」(放送は、NHK・BS2で月〜金の朝8時から15分間)は、先週兵庫県に入り、今日姫路に到着(放送は明日)、明後日には加古川宿の泊まり(放送は木曜日)、次の日は明石までとなります。

御用とお急ぎでない、股、興味のおありの方は、どうぞ ゴランクダッサイ!(ここでポーズを決めます。)
 

まだ頑張って

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月18日(日)07時31分21秒
   夏の盛り、花を求めて飛び回っていた揚羽蝶も流石に影をひそめたこの時季、山椒の葉が少なくなったので、冬にむけて落葉したのかと木の傍まで見に行くと、カラスアゲハの幼虫が数匹で一所懸命葉を食べているところでした。
 今からで羽化に間に合うのだろうか?
 

どっぴんしゃん

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月17日(土)20時06分44秒
  直訳じゃこの歌の意味がわからないとterraさんに言われて、うろ覚えながら思い出すことに、
新茶ができると、京都から将軍家に献上する茶壷行列が街道を下向したのだとか。
沿道のものに粗相があるとお手打ちなどの厳しい処分があったので、子供などは戸をドッピンシャンと閉めて外にでないようにした。
行列が通り「抜ける」と安心して戸をドンドコショと開けて出てきた。

っていうような話だったと思う・・・
歌には、脈絡がないものが多いようです。
 

ずっころばし

 投稿者:terra  投稿日:2009年10月17日(土)16時22分35秒
   ズイズイずっころばし、ごまみそズイ

 直訳しても…。  AA-3さんでないとわからない。
どうやら 秋の歌じゃなくって、春の歌かいな。
 

ずいずい

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月17日(土)11時45分44秒
   ちゃつぼに おわれて どっぴんしゃん ぬけたら どんどこしょ

 これってかなり怖い歌らしい。茶の花は、可憐ですけど。
 

花はなんの花

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月16日(金)12時02分3秒
   椿アブラをちょいとつけて・・・
 なんですと?それは椿ではなくて唾のことですと?

それをつけて撫で付ける髪も、もはや殆ど残っていないという向きは、Zちゃまから椿の実を貰って実を半分に切り、頭に塗りつけて乾いた布でよく擦ると艶が上がってピカピカと見栄えがよくなりますぜ。

 そんなイロケももはや失せたということになると、茶のみ友達でも探さざあなるめえ。
 えっ!茶のみ友達ってのはイロッペエほうのことなんですと?

椿は実がハゼル時季だというのに、茶は花が咲く時季です。
今年も抹茶に浮かべて、風流を楽しみました。
 

里の秋

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2009年10月15日(木)17時57分27秒
  BGMが「里の秋」になってから大分経ちますが ・・・ 播磨の鄙の里もメッキリ秋らしくなりました。

写真の上段は、父さんを思い出す栗の実ではなく、煮ても焼いても食べられない(?)ツバキ(椿)の実です。

我が家の柿(写真中段)は、今年は不生り年だった上に、虫なのか病気なのか、半分以上が実る前に熟柿(?)となって落果してしまいました。枝に残った実は、今、柿右衛門の色合を醸し出しています。

そして下段は、ムラサキシキブ(アルビレオさんの説に拠れば、コシキブ?)です。
ミノリノ アキ
 

なんともかんとも

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月14日(水)15時48分20秒
   忍者ハットリ君じゃないけど、ニンニンです。

 近頃のTVは、やたらうるさくて、さして面白くもないことを大声で叫び捲くる番組が多いのに閉口している。
 ニュースなら良いかと思ってチャンネルを回したら、「挙式を挙げる」だの「縁談ばなし」だの
「得点を取る」だのと言って臆面もなくアナウンスしている。
 原稿にそう書いてあるのか、アナウンサーの独断なのか、最高学府を出ているとはとても思えない日本語。なんともかんとも、ニンニン。
 

五穀豊穣

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月14日(水)11時32分0秒
   町田のおじさんの作ったオイモは、立派です。
 秋フカシです。
 ダッジオーブンで焼いて食べると、もうコタエサレンほど旨いと思います。

 明日、倅がレクチャーコンサートに行くことになっている世田谷区のある小学校では、5年生がバケツで稲を育てているのだそうです。
 そろそろ刈り取って脱穀し、炊いて皆でたべるのだとか。

 先々週末、飯田にて伊澤氏から伺った話に、生徒が農業の実体験をすると学力が著しく伸びるので、この企画の予算がつくのを待ち望んでいる学校が多いのだとのこと。
 そういえば、AAの育った座光寺は農家ばっかりだと思っておりましたが、今の小学校の生徒中、農家出身の子は数えるほどしかいないと聞いて、隔世の感を否めませんでした。
 家業を手伝うなど、大人と一緒に仕事をすることで得られる智恵は、生き物になる。
 机の上だけの学問による知識のツメコミに命を吹き込むのは、別の行程が要るのかも知れません。
 知識は分別をつくらない。
 

シブヤ米

 投稿者:terra  投稿日:2009年10月14日(水)08時07分38秒
   今、秋田でギャルが作ったお米が大人気。田植えから収穫、その上宣伝販売までやってしまう。これなら日本の米作りは安心かもね。

 写真は町田のおじさんが育てたオオイモ。
 

コンジキサルマタ

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月13日(火)15時17分17秒
   来年の今月今夜、再来年の今月今夜、10年後の今月今夜・・・
って言うのは曇らせちゃうからだめだけど
 千年も万年もいきたいは・・・これはちがふおはなしでしたっけ。

 でも、暮れて行く中ダイヤモンドに目を眩ませるのは、なかなか良いものですぜ。
 去年も見られなかったというのを去年読んだことを覚えていますが、1日2日ずれたっていいので、今日も大山を見上げるのがよござんすぜコーメイさん。

 野村さんは、勝っているあいだは赤色の勝負パンツを履き替えないのだとか聞きましたが、キンイロ夜股はどうなんでせふね?
 なんですと?寄る股ではなくて夜叉っていうんですと?
 

無念かな!ダイヤモンド大山

 投稿者:コーメイ  投稿日:2009年10月12日(月)23時04分5秒
   我が家から眺める、というコダワリのダイヤモンド大山。阿夫利神社(別名雨降神社)をいただく大山は、富士山や丹沢山塊の気流などの影響か、雨雲がかかり易く、これを見て、雨の前触れと、洗濯物を取りこむご内儀もいる。

 殊に、春先は、菜種梅雨の頃で、確率はかなり低く、晴天特異日の体育の日あたりは、上手くいってよさそうなものだが、今年も上の写真の如し。下は昨年と同じ11日。両方とも、雲間から漸く頂上が顔を見せた瞬間だが、肝心のお天道様は、どこへやら。

 2年続いた、この無念!来年、もう一度だけ、挑戦してみようっと!
 

リョーマくん

 投稿者:chie-nie  投稿日:2009年10月 9日(金)14時22分21秒
   しばらくです。
 ニュースで強い風雨の様子を見ながら、皆様のところはいかがかと案じておりました。いまは東の会場に抜けたみたい、広い海を舞台に心ゆくまで踊っているのかも。このあたりは昨日夕方からの雨が今朝になって上がりました。思ったより静かなお通りでしたが、置き土産なのか一気に寒くなりました。紅葉もまだなのに、峠は凍結注意!だって。

 下の写真は、先月末大通公園で出会ったバセット・ハウンドの「リョーマ」くん。ご本人にはナイショで紹介させてもらいます。9才、体重を訊くの?(25キロだそうです)優しいご主人に育てられたからでしょうか、ホントにおとなしくてよい子でした。「名前負けして…」などと謙遜されていたけれど、決してそんなことはナイと思います。あちこち、長い耳まで触らせてもらいました。可愛い!と思うけど、そうでもない、といわれるかな?
 

龍馬の新資料

 投稿者:mokki  投稿日:2009年10月 8日(木)11時01分44秒
編集済
   今、仕事で坂本龍馬に関連する本3冊の出版にかかわっていて(例によって来年の大河ドラマ『龍馬伝』を当て込んでのものだろうとご明察のとおりです)、そのためとにかくてんやわんや、獅子てんや瀬戸わんやの歴史に残る傑作漫才ならいいのですが、とてもとてもそんな余裕もあらばこそのヒビを送って懐かしい蚕のサナギを思い出しました(この部分わかる人にはわかるしわからない人にはわからないとおもいますが……)。
 しかしそんな中で、これは皆さんも見たでしょう、聞いたでしょう、そうだよね、そうだったんだよねというお話は、どうしても黙って過ごせません。

 動画投稿か、下のURLでご覧いただけば一目瞭然なのですが、龍馬が寺田屋事件で指を負傷してから、薩摩の小松帯刀の世話になって霧島へお龍と旅行したころのこと、やはり薩摩藩士で帯刀とともに自宅へ二人を泊めるなど面倒を見た吉井幸輔という男がいました。
 この人の孫が、かの「いのち短し恋せよおとめ」の吉井勇です。このたびNHKテレビのニュースで報じられたのは、この吉井勇が昭和4年に雑誌「キング」に書いた「或日の龍馬」という文章で、彼の父つまり幸輔の息子・吉井幸蔵が、少年時代に父・幸輔の関係で龍馬の旅に付き合い、龍馬とお龍の今まで知られなかった素顔を垣間見たさまが伝えられています。
 つまり吉井勇が、父の体験談として龍馬とお龍の「或日」を聞いたものを文章にしたのです。父・幸蔵は、龍馬との思い出をこう切りだしたと言います。
「鹿児島では小松さんの家にゐられたが、あれはおれの七つ位の時だったらう。」

 私もこの雑誌を探しましたが、現物はまだ入手できず、あるツテでそのコピーを見ることができました。そこにはたしかにニュースで報じられたように、龍馬とお龍の知られざる関係がビビッドに描かれています。いずれいま進めている本の中で、詳しく紹介することになるでしょうが、とりあえず報じられた番組をご覧いただきたく、ここに投稿させていただきます。

http://www.youtube.com/watch?v=FUCjf51gQ6o

 

オカリナ

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月 6日(火)14時49分48秒
  コーメイさんが腕?をあげたオカリナで吹く曲でAAが好きなのは、エル・コンドル・パッサです。
この曲は管楽器による演奏が心地よい。

 ビートルズは、mokkiさんと似て、馴染みが薄かった。(ススキではありません)
賑やかさのほかに、あのキーの高さが・・・

 AAの中学校時代の同級生(女性です)にもオカリナをやっている人がいて、年明け早々に
ウィーン学友協会ホールで吹くのだとか。
 英仁のリサイタルにも欠かさず来てくれているので、今度の王子ホールにて紹介できるかもしれません。

 中学校の卒業50周年記念の同級会は、3年前に飯田にて湯澤氏のお骨折りにより催された際、参加することを得ました。そのときに吹いてくれました。
 今度は、高校の同期会。昔の仲間と会うのは楽しみです。
 

同感

 投稿者:mokki  投稿日:2009年10月 6日(火)03時35分57秒
編集済
   コーメイさん。ビートルズの曲で騒がしいのはあんまり好きではなかったのですが、この「ヘイ・ジュード」と「イエスタデー」とジョン・レノンの「イマジン」だけは、ときどき若い人と歌います。
 とくに「ヘイ・ジュード」は歌詞の各行末、ちゃんと韻を踏んでいるんだなーと、妙に感心したのを覚えています。
 口に残っているもの以外も、まとめて今見返してみると、betterとget her、shoulderとcolder、skinとpain、foolとcoolなどです。このおかげで、曲のメロディやリズムだけでなく、歌詞からも自然にリズムが生まれてきて、なんとも言えないのりのりの気持ちになります。

 日本語の歌の作詞にも、なにか同等の工夫ができないものでしょうか。
「大海の磯もとどろに寄する波、割れて砕けて裂けて散るかも」などは、前半母音「O」、後半母音「E」の多用で、韻のような効果を感じますが……。
 前半では「O」の口に中に深く大きく響く音で、大いなる海の波の重量感を感じ、後半では「E」の平たくつぶれた音によって、波が磯の岩で細かく薄く裂けて砕けて粉々になっていく様が感じられるような気がします。
 

毒と薬

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月 5日(月)21時19分28秒
   ご存知、猛毒トリカブトと、薬草ゲンノショウコの葉っぱは、とても良く似ているが、間違うほどではない。
 それなのに間違えて食べる人がいるというから、眉毛の下にあるのは目であって穴ではないと言えるように勉強しなくてはなりません。
 両写真とも、山梨県の三つ峠で撮りました。
 

サンザシ

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月 5日(月)13時38分5秒
   信州飯田の大門原。
 秋の陽射しを浴びて、赤く小さな実をせっせと小籠に摘み取っている人がいました。
 姫リンゴとはちょっと違うようなので尋ねてみると山査子(サンザシ)だとのこと。
漢方薬の原料で、乾燥して消化吸収のための薬となるらしい。
日本では、これだけ沢山栽培しているのは私くらいのものだといいながら一つ食べてみよと手渡してくれた。甘酸っぱいシャリシャリした実でありました。

 実家の庭にはサンシュユの木があって、春に黄金色の花が咲いている写真を前に掲載したことがあります。
 花が咲くということは、実が成るということでもあります。赤い実がなっておりました。
 これも漢方では補腎・強壮薬としてつかわれるらしい。あっちのほうにも効くらしいぜよ。
 

ヘイ ジュード

 投稿者:コーメイ  投稿日:2009年10月 4日(日)23時04分55秒
   1カ月前、NHKのBS20周年ベストコレクション「花はどこへ行った」のことを紹介した。これと同じ2000年10月の「ヘイジュード」が、昨日放映された。番組のホームページに以下のような簡単な解説ある。

「1968年に誕生したビートルズの名曲「ヘイ ジュード」。同じ年、チェコスロバキアで、言論の自由を訴える民主化運動“プラハの春”が、ソ連軍の侵攻によって弾圧されたとき、民衆にチェコ語版の「ヘイ ジュード」が歌われた。このレコードを出したのが、当時のアイドル歌手、マルタ・グビショバ。その後、彼女は政府の弾圧を受けたが、1990年の無血革命のとき、彼女の歌は革命のシンボルとして蘇る。この番組は、ビートルズのヒット曲からチェコの民主化を願う人々の話へと展開していく構成と表現力が優れているとしてATP賞優秀賞、放送文化基金賞本賞を受賞した。「ヘイ ジュード」に秘められた知られざる物語を探るこの番組を、制作を担当した源孝志さんのインタビューを交え、振り返る。
<放送文化基金賞本賞、ATP賞優秀賞>
VTR出演:源孝志(映画監督)
コメンテーター:ピーター・バラカン(ブロードキャスター)」

 マルタ・グビショバさんは、放送当時58歳というから、ほぼ我々と同年代だろう。チェコのジャンヌダルクといわれている。ビートルズの原曲は、人生は、歓喜、絶望、苦悩の繰り返しのようなもので、希望をもって生きることの大切さを歌う人生賛歌だ。彼女はこの曲に深い感銘を受け、人生を社会に置き換え、国家、社会の民主化、自由といった理想の姿を曲にし、混迷を極めるチェコの人々に訴え続けるのである。

 ソ連をバックにした当時の政権は、国民に共産政権か亡命かの二者択一を迫る。自由主義者の夫は、ソ連侵攻のビデオを西側に提供するなど民主化運動に身を置いていても、想像を絶する生活苦からアメリカに亡命(後、チェコに帰る)するが、彼女は二者のどちらも選ばない、と言い張り、袋張りの内職をしながらひたすら耐えるのである。

 ベルリンの壁崩壊後の自由を謳歌するチェコで、自由主義運動の先頭に立っていた彼女に大学生がキャンバスで歌って欲しいという。自分のデビュー曲、「マルタの祈り」か何かだろうと訪れてみると、学生は、「ヘイ ジュード」だという。暫く歌っていないから、歌詞に自信がない、というと、学生は自分たちが教えるから、といい感慨を込めて歌ったということである。

 制作を担当した源さんがビートルズのポールに問い合わせたところ、このチェコの「ヘイ ジュ−ド」のことは知らなかったということであったようだ。かくいうワタクシ、ビートルズファンになったのは極最近のことで、教本にある「イエスタディ」「アンド アイ ラブ ハー」は時々吹いているが、よく耳にしている「ヘイ ジュード」がビートルズのものとは、知らなかったし、まして、あの、懐かしいチェコでこんないい話があったことなど、当然ながら知るよしもない。
 

ツバロン

 投稿者:柏雀  投稿日:2009年10月 3日(土)23時28分20秒
   やはり、shiozさんが反応してくれましたね。10年前と変わっているところがあるかもしれませんが、位置関係、下記の通りです。(少々くどい説明になりましたが、悪しからず。)

 先ず、半島状に突き出した部分はポンタ・デ・ツバロン(ツバロン岬)と呼ばれています。
 ここに鉄鉱石シッパー・リオドセ社(近年はヴァーレ社と呼称が変わったようですが)の鉄道ループ、鉄鉱石ヤード、ペレット工場と、鉄鉱石・ペレットを積み出すツバロン港の二つのピアーがあります。
 ペレット工場は、リオドセ社プロパー2基(No.1,2)、リオドセとスペイン/イタリアの合弁各1基(No.3,4)、日本製鉄各社との合弁(ニブラスコ)2基(No.5,6)、韓国との合弁(コブラスコ)1基(No.7)の合計7基あります。なお、ニブラスコは、従来、生産はリオドセ側が担当し、日本からの派遣者は財務・経理・法務・総務等の経営全般を担当しておりましたが、昨年5月に日伯双方の合意により、リオドセに30年間リースアウトされました。

 このリオドセの設備の先(南)にプライア・モーレ港があります。ここには、ツバロン製鉄やウジミナス製鉄向け原料炭の荷揚げ、および両社の製品の積み出しの設備があります。ただし、写真では、ツバロン製鉄自身が製品積み出し設備を持ったようにも見えますので、現在では、ツバロン製鉄の製品は扱っていないかも知れません。

 なお、ご指摘のカマボコ屋根は、少なくとも一部は穀物用のはずですが、はっきり分かりません。また、この設備は、プライア・モーレ港ではなく、ツバロン港に(つまりリオドセに)属していたようにも記憶しますが、これもはっきり分かりません。

 ツバロン製鉄は、ご指摘の位置にあります。この製鉄所は、1983年に旧川鉄/シデルブラス(伯)/フィンシデール(伊)の合弁で設立されたスラブ300万トン/年の製鉄所ですが、今では、オーナーがアルセロール(仏)/リオドセ(伯)/JFE(日)に変わり、生産能力も粗鋼500万トンになっているようです(この後半部分、ネット情報)。
 

薄の月

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2009年10月 3日(土)22時30分10秒
  牡丹と萩の餅の お話がありましたが ・・・ ススキの餅というのは余り聞いたことがありません。
(笹餅というのはあるようですが。)

牡丹の月は6月で、7月が萩の月であれば、8月は“薄の月” ・・・ それは、つきみるつきはこのつきのつき という中秋の名月の月で、そして今宵は、その名月の宵なのでした ・・・

播磨の鄙の郷は、この2・3日 ぐずついた空模様が続いておりましたが、今朝はからりと晴れて、今宵は きっと名月が満喫できるであろうと期待され、又、今年は5月の閏が挿入されて名月が10月にずれ込んだために、我が家のおくての薄の穂も間に合ったので、“薄の月”が撮影できるであろうと思っていたのですが ・・・ 午後からは雲が広がり始め、更に夕方には半時間ほどの通り雨まで降るという期待はずれの天気となってしまいました。

しかし天はお見放しには なされなかったのでございます ・・・ 夜半近くになると雲も切れ始め ・・・ “秋風にたなびく雲のたえ間より もれいいづる月のかげのさやけさ”という歌そのままの感動を味わえたのでございます。
メイゲツ
 

ヴィトーリア

 投稿者:はりまの shioz  投稿日:2009年10月 3日(土)17時02分46秒
編集済
  柏雀さん、よかったですね。

柏雀さんのヴィトーリアの説明がありましたので、その昔鉄の仕事に関係していていたこともあって、そのヴィトーリアをグーグル・アースで訪れてみました。
その写真を見ていて、柏雀さんの説明では一寸腑に落ちない感じがありましたので、「ニブラスコ」について他の資料も見てみたのですが ・・・ 「ニブラスコ」というのはペレット専用の生産工場で、他に「ツバロン製鉄所」というのが在るらしいのでした。

ということから推定したことは、次のようなことでした。
ヴィトーリアの街から海を挟んで右方向(北東)に在る、半島状に突き出た港の最下端(南東方向)が石炭の荷揚げ 及び 半製品(&鉄鉱石?)の積み出し用埠頭で、その上方(北西)の「USIMINAS」と屋根に描かれた倉庫(?)の上方のカマボコ屋根が積み出し用ペレットの貯倉で、その左側がペレットの積み出し用埠頭、その上の鉱石ヤードの左側が鉄鉱石の積み出し用埠頭、更にその上方にある鉱石ヤードを持つ2群の工場が「ニブラスコ」のペレット工場のような気がします。

そして、それらの右上方(北方)で林の向こうに広がる工場には、溶鉱炉(3基)と製鋼工場らしきものが見えるので、それは「ツバロン製鉄所」ではなかろうか? と思った次第ですが、実のところは如何なんでしょうか?
 

石原さんには悪いけど・・・

 投稿者:柏雀  投稿日:2009年10月 3日(土)12時01分15秒
  石原さんには、”非国民”呼ばわりされそうですが、今朝は、リオに決まったわよ!早く起きて!という声で機嫌よく目覚めました。去年の北京オリンピックのバカバカしさを見て、なんで今さら東京が、と少々懐疑的になっていた柏雀には、今朝の2016年リオ開催決定は朗報でした。ホントによかった。

 米国の裏庭と言われたりもした南米での初開催。治安、インフラ、財政等々、いろいろ問題・課題が指摘されていますが、いまやBRICsの一員として発展著しいブラジルは、それなりのやり方で解決してオリンピックを成功させてくれるでしょう。がんばれ、ブラジル!

 とは言っても、やっぱり心配なのは治安ですね。「グーグル・アース」で「リオデジャネイロ」と打ち込んで検索し、出てきた画面を徐々に拡大して見てください。そうすると添付の画面が現れますが、その中で、「Favela(ファヴェーラ).....」となっているのは、いわゆるスラムのことです。一般の法律ではなく、ファヴェーラの法が支配しているところもあると言われています。いずれにせよ、その数の多さに驚かれるでしょう。

 添付のもう一つの写真は、柏雀が1988年ごろに撮ったもの。フラメンゴ地区のはずれで、一番左の白いアパートに住んでおりました。中央のとがった岩山は「ポン・デ・アスーカル(砂糖のパン)」と呼ばれる観光スポットです。

 またまた私事で恐縮ですが、グーグル・アースを開いたついでに、リオデジャネイロの500キロほど北にある「ヴィトーリア」という町を見てください。ここも、柏雀が6年ほど苦闘したところで、その町のはずれに、ツバロン港という鉄鉱石の積出港があって、大型船が出入りしているのが見えるでしょう。その敷地の中に鉄鉱石ペレットの製造工場があって、一番右に見えるのが日本の製鉄各社が関係しているニブラスコの工場です。この港から、日本向けに大量の鉄鉱石類が積み出されております。
 

山河あり

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月 2日(金)14時45分47秒
   そこに山があって、木の実が成り鳥獣が棲んでいる。
 そこに河があって、魚が沢山泳いでいる。
それでもなおその地にあって、取り入れる手立てがわからず正に飢えて斃れんとしている人がいたとしたとき、何をどのように援助するのが良いのであろうか。
 緊急時であるということで、物資を持ち込んで配給したり、魚を釣り鳥を撃ち獣を倒してそれを食料として提供することは一つの方法ではあろうが、それは一過性のものといえよう。

 魚を釣る方法、鳥獣を捕らえる方法、農作物を育てる方法などを教えることが、後々の彼らの自立に役立つことであることに疑う余地は無い。
 知識や技術を教えればそれで事足りるとは言わないが、それらを基にして智恵を働かせる人が一人でも立てば、国といえども救われるものだと思うのです。
 そういう意味からいっても、学校を建てようとしたことは的を射た活動であると、心が動きます。
 「カンボジアスタデイーツアー報告書」という冊子が届きました。
 

 投稿者:terra  投稿日:2009年10月 2日(金)09時38分30秒
  萩の月

 萩と言えば月。仙台の饅頭だか、菓子の“萩の月”は、お値段が“高直”で、素敵な絵を鑑賞するだけで、つい店先を通り過ぎてしまいます。高値、オッと高嶺の萩の月であります。

萩と月

 奥の細道だったか、こんなものがありました。

      一つ家に遊女も寝たり萩と月

 芭蕉も、遊女もそれぞれ二人ずれで、しかも相部屋だったとか。
さぞかし、芭蕉も弟子も、越後の月は二重にも、三重にも見えたのでありましょう。

里の月

 秋の百姓仕事はカリフラワーに注目しています。
写真の早生の品種は、種袋のように“里月”といいます。

 カリフラワーの品種の多くは、菊月、磯月などのように “月”に関係があります。
種のツキが良いようにということか。勿論、白い月の如く、秋が旬の野菜だからでしょう。

 カリフラワーは白さが価値の決め手。女性が日傘をするように、花蕾を大きな葉で包み込むと、純白のモノが出来るといいますが、なかなか手間がかかって…。

 もう十五夜というのに、天気も、“月がとっても青いから、遠回りして帰ろう”なんて、ツキもなさそうですね。
 

 投稿者:AA-3  投稿日:2009年10月 2日(金)07時11分44秒
   白萩が咲いていました。
 ハギが咲く頃に食べるのがオハギで、ボタンが咲くころに食べるのがボタモチだと、この時季になるとどこかで話題になります。
 では、同じものなのですが夏に食べるのを何と呼ぶでしょう?
 ヨフネ(夜舟)と申します。

 ハギではなくてヘギは、この前terraさんが書いていました。
杉や桧を薄く剥いだ板(片ぎ板)で作った折敷。これに盛ったヘギソバのお話しだったと思います。
 

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