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写真:「師走の風景」(撮影:平岩祥平)
早くも今年も残り一ケ月を切りました。飯田地方では特産市田柿の出荷が始まりました。
天候に恵まれて今のところ良い品物に仕上がっているようです。
大根の収穫の時期でもあり、軒先つるしてあるのを見かけます。
天竜川舟下りも暖房舟に替わりました。屋根と側面は透明樹脂で、中は「豆炭こたつ」で好評の様子。
◆写真 1. 弁天港の暖房舟
◆写真 2、3 豊丘村から高森・山吹地区を望む
BGM♪「里の秋」
(斎藤信夫作詞・海沼実作曲)
静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた
明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は
ああ 父さんのあの笑顔
栗の実 食べては 思い出す
さよならさよなら 椰子の島
お舟にゆられて 帰られる
ああ 父さんよ御無事でと
今夜も 母さんと 祈ります
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還暦記念下部温泉狂宴アルバム(一人一人の41年前タイムスリップ写真付き)
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いつもは ひとりで
投稿者:
はりまの shioz
投稿日:2009年 7月25日(土)10時48分17秒
編集済
柏の雀さんが「それはどこでしょうか?」と尋ねておられましたので ・・・運賃表の右下のほうの運賃の安い辺りを地図で見てみると ・・・ 山陰線「出雲市」の東側は、「直江」、「荘原」、「宍道」と続いているのですが、西側は「西出雲」、「出雲神西」、「江南」となっていて、少しばかりヘンなんです。
そこで、昔の地図を取り出して眺めてみたところ、「出雲市」の西側は、「知井宮」、「東神西」、「江南」となっていましたので、少しばかりナットク ・・・ そして、その地図には、ナント! ほくと! 『大社線』の線路が残っていたのでありました。
ということで、「ぶらぶらあるいていたら ・・・」というのは、旧『大社線』の「大社駅」辺りだったのでしょう。
しかし ・・・ 「出雲大社には二人で行ったら いけない」と、よくいわれますので、ひとりで行かれたのは なんとなく分からないでもありませんが、なんで、いまさら そのおとしで、縁結びの神さんにお参りしたのか、というてんは ようわかりません。
それから、添付の写真のことですが ・・・ 羽田発7時50分 デハナク 11時15分頃の飛行機が富士山の西側を通過する時刻は、おそらく11時半を過ぎており、股、日蝕帯は西から東へ移動しているので、その地点の蝕の終わりは東京より早い ・・・
とゆうことは ・・・柏雀さんが撮影した太陽は、蝕の状態は終了していた、のではなかろうかと思われます。
日欲
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月25日(土)09時43分25秒
生憎の曇りときどき小雨ということで、日蝕は見られませんでした。
移動中のバスの中で「もう一生日蝕は見られないな〜。」とオジイサンが言うから、「長生きして次のを見ればいいじゃないですか。」といったところ「そうか、そうすればいいんだ。AAさんも物凄いこと言うね。」と、その気になって大笑いになった。
40何年はちときつい後期高齢者ばかりですが、みな明るい。
「そうですよ、それに皆さんはお金持ちなんだから、世界のどこへだって行けるんですから。」と、ちょっと禿増してあげました。
差乱れ
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月25日(土)09時22分51秒
五月雨に濁りて深し最上川
前々日まで大雨だったということで、水量を増した最上川は濁った流れであり、速くもあった。
芭蕉さんは最初「あつめてすずし」と詠んだらしいのですが、実際に乗ってみた舟の経験から
「あつめてはやし」と書き直したのだとか。
AAたちの川下りも、丁度芭蕉さんの乗った時季と重なるのだとか。
それでなんで五月雨なんだろね。
河童が出るという淵も通ったぜよ。
だけど、天竜下りのほうが急でおっかないぜよ。
日蝕、見たには見たのですが・・・
投稿者:
柏雀
投稿日:2009年 7月24日(金)22時03分48秒
一昨日の日蝕、東京では蝕の最大が11時12分、蝕の終りが12時30分とのことでしたから、11時羽田発(実際には11時15分ごろ離陸)の西行きの定期便に乗った柏雀には、雲の上で”見えた”はずでした。しかし、日蝕グッズを何も携行していなかったので、ただ眩しいだけで、太陽の欠けた様子はまったくわからず、富士山を少し過ぎた頃に撮った写真も、フィルター無しではただの光の点にしか写りませんでした。これでも、日蝕、見たことになるんでしょうかネ。
今回は、久しぶりの一人旅でしたが、いつも必ず横にべったりくっ付いていたのがいない一人旅もいいもんでしたね。ぶらぶら歩いていたら、下の写真のような運賃表に出会いました。これは平成2年に廃止になった鉄道駅に当時のままの姿で掲げられていたものです。それはどこでしょうか?
河童 ドキッ! アッ!
投稿者:
はりまの shioz
投稿日:2009年 7月24日(金)18時52分19秒
高名なるコーメイさんは、こともあろうに(?)、河童もドキッ!としてアッ!と叫ぶような風俗営業のお店に参られたとかで、昨日追加された○○画像でもって機能回復を試みられたとゆうことまでは伺っておりませんが、奇岩や洞窟、壁画などを眺められて視力も かなり回復されたのではないかと推察いたしております。
こちら播磨の鄙の郷では、二日続きの豪雨の後、前線が南に下がったため、おとといの日蝕は、台風13号さんよりは少しマシな程度に、雲のフィルターを通して肉眼で九割減のお日様が観測できました。
それから ・・・ チョットしつこいかもしれませんが ・・・ 先にコメントしました、トルコの南はエジプトの、「ピラミッド建造の謎」というHV特集の再放送が、今晩22時30分より1時間半に亘ってありますので、未だ御覧になっておられない方は、一見の価値があるのではないかと思い、紹介させていただきます。
機能追加
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月24日(金)06時03分34秒
編集済
コーメイさんの投稿でおわかりの人はおわかりで、おわかりでない人はおわかりでないと思いますが、7月13日付けで掲示板の写真投稿が3枚までできるようになりました。
昨日まで鹿児島に行っていまして、おとといは指宿で日食観察!
見ました! きれいでしたね、ダイヤモンド・リング。
皆さんも見たでしょう、テレビで……。私も午後のテレビで感激しました。午前の指宿は、まったくの曇りで台風13号さんほども見えません。薄い雲だったのですが、これだとあんまり暗くもならないのですね。かえって雲への乱反射で……。
ただ夕方くらいの暗さにはなり、鳴いていたセミがぱたっと鳴きやみ、涼しい風がササーッと吹いてきました。
泊まった白水館は、まえの三五会旅行と同じホテルですが、今回はあの原口泉先生(鹿児島大学教授。大河ドラマ『篤姫』時代考証担当。『龍馬を超えた男 小松帯刀』著者)がいっしょなので、なにかというとホテル社長が出てきて、
「期待はずれで申し訳ありません。何もかも私の責任です。日ごろの行いをこの日のために一生懸命よくしたのですが、まだ足りなかったようです」
と謝っていました。
「いえいえ、日食がダメでも十分楽しめるようにと、白水館さんを選んだんですから」
と原口先生も如才ありません。
それ以上に面白かったのは『龍馬を支えたもう一人の女』という先生のお話です。千葉道場の佐那さんでも、有名なお龍さんでも、寺田屋お登勢さんでも、もちろん大姉御の乙女さんでもない「その人」とは……。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』にもチラッと出てきますが……。(チラでもないか、そうとう濃厚ではありました)
今年中には本になると思います。
PHP新書で出たやはり先生の最新作『世界危機をチャンスに変えた幕末維新の知恵』も好調のようです。
これは、「日本資本主義の開花期から見た現代経済への提言」をテーマにした意欲作です。先生は、歴史だけでなく経済にも強いことに驚きました。目次を掲げます。
序章 明治維新と南北戦争
――一八六一年〜一八六五年、
アメリカ発綿花飢饉と日本の経済戦略
南北戦争がなかったら明治維新は起きなかった
第一章 島津斉彬の工業化と対外貿易政策
――一八五〇年代から斉彬の死(一八五八年)を
超えて〜
第二章 小松帯刀が坂本龍馬に託した世界進出
――一八六二(文久二)年、龍馬脱藩、
帯刀家老から始まる時代の胎動
第三章 大久保利通と岩崎弥太郎による海運興業
――一八七四(明治七)年、台湾出兵の軍事輸送で
のし上がった三菱
第四章 松方正義と前田正名の工農対立
――一八八四(明治十七)年の「興業意見」で
工業優先か農工併進か
第五章 五代友厚から渋沢栄一へ日本実業界の飛躍
――一八八七(明治二十)年、
日本資本主義の曙光「日本煉瓦製造」設立
終章 ピンチをチャンスに変えた幕末明治の国家建設に学べ
カッパドキア
投稿者:
コーメイ
投稿日:2009年 7月23日(木)22時28分47秒
トルコに行ってきました。カッパドキアの奇岩群と、洞窟の聖堂、住居やそこに描かれた壁画を観るのが最大の楽しみの一つです。我らが三五会の滝沢具幸武蔵野美術大学教授(飯田市美術博物館長)が40年程前、調査団の一員としておもむき、この電気や水道のない僻地で、壁画の模写を行ったところです。(現在は世界遺産に登録された大観光地。)
洞窟の漆喰壁に描かれている図像は、法隆寺の壁画とほぼ同じ技法で、現在の日本画も技法の上では全く変わりない、と教授は仰る。資料によると、「西洋現代画や日本の法隆寺、中国のキジル壁画、トルコのカッパドキアの壁画(重彩画)など、更に中国清時代の芥子園伝までも、国境を越え、全体像を把握しようとしている教授の研究は非常に珍しい。」とある。
教授が若かりし頃から遠隔の地で模写の作業を通じ研鑽を重ね、今日の優れた成果に結びつけ、正にその原点ともいえるに相違ない、この地を訪れることは、感慨ひとしおのものがありました。
写真は、奇岩群と洞窟内に描かれた壁画。
_
日本一短い会話
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月23日(木)15時47分26秒
「け」「く」
これで、会話は成立しているのだそうです。
なんのことだか解った人は、エライ!
ダダチャマメの好きなmokkiさんならわかるかな?
山形弁で「食べなさい=くえ」「食べる=くう」ということになると聞きました。
因みに「食べない」は、「かね(くわない)」となる。
バスを降りる間際に、ようやく二十歳になったばかりだという可愛らしいオネイサンガイドが「旅は、ただ今と玄関を開けるまで終わらないといいますから、お気をつけてお帰りください。」と挨拶したので、「玄関を開けた途端にパタッって言うのも心配だよ。」とちゃちゃを入れたところ、車内が大笑いになった。
なにせ、70肩の痛みに耐えているAAが最年少で、あとは後期高齢者ばかりだったから、その可能性はある。
でも、みんな怒るどころか笑いとばしてしまうあたりがいい。
ビッキが鳴いても帰らないと、ガガチャにゴシャガレルから、いつまでも飲んだくれていちゃぁいけませんぜ。
一瞬見えた「日食」
投稿者:
台風13号
投稿日:2009年 7月22日(水)17時13分29秒
宮崎は梅雨明け以来ほぼ日照り続きでした。枯れてしまうものが出てきたので最近は草花に水を撒いておりましたところ、選りによって日食の日には朝から雨が降りました。やがて雨があがり、太陽が最大95%ほど欠ける時刻の20分ほど前に、一瞬雲間から欠けた姿が見えました。意地の悪い「梅雨前線」を睨みつけてやりました。
破らん?
投稿者:
はりまの shioz
投稿日:2009年 7月20日(月)13時12分28秒
何をか破らん! と言うのではなく、下の写真のことです。
鳥が運んできた種子から繁殖したものを、石垣の隙間に移植しておいたものが、数日前から花を付けました ・・・ 葉っぱが“ジャノヒゲ”のように細いのですが、鼻は上を向いて デハナク 花は上を向いているし、種子は青くならずに黒くなるので、おそらく“ヒメヤブラン”ではないかと思われます。
子供の頃に、付近の土手に自生していた“ジャノヒゲ”の青い種子のことを “オキクメダマ”と呼んでいたような記憶がありますが、何故そのように呼んだのか定かではありません。
ヤブランの黒い実も、ジャノヒゲの青い実も、果実ではなく種子なんだそうですが ・・・ いずれも“ユリ科”のようです。
こちら
は、以前にもお見せしたことのある鉢に取り上げたもので、小さな鉢のために株が充分に成長できておりませんが、葉っぱの幅が広いので、多分、“コヤブラン”もしくは“ヤブラン”と思われます。(判別ができません。)
自生のものは未だ花を付けておりませんが、3年前にお見せした写真は
こんなん
です。(葉っぱの幅が1センチ以上あるものもありますので、“ヤブラン”かもしれません。)
昨夜は前線が南下してきて、雷鳴とともに久方振りの烈しい雨が降り、おまけに10分間程度の停電もありました。停電が復帰した後、mokkiさん午睡少の「白い奇跡の鍾乳洞」を観ましたが、確かに素晴らしい門でした。
話は蛇足的になりますが、これも最近NHKスペシャル(& hi特集)で扱った『ピラミッド建設方法の新説(ピラミッド内部に設けられたトンネルを用いた石の運搬積み上げ方法、と、大回廊中でバランスウェイトを上下させたという 王の間の天井巨石の持ち上げ方法)』も、説得力のある興味深いものでした。
ヒメヤブラン
Monnky island
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月20日(月)06時21分37秒
Mokkiさんが、膀暑で脳卒中の記事を読んでくれたということは、melmaを読んでくれたということに他ならず、猫っ毛、おっと固自毛無いでもなかった、忝いことでおじゃりました。
蕗もさることながら、梅もこの時季手に入りにくいかと存じます。
ウチ来る?なんとかしますぜ。
NO しょっちゅう
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月19日(日)13時47分52秒
古い雉をじゃなかった記事を見つけてきましたなう。そうしょっちゅうはもう掻かんで、ようおぼえといてな。
昔にAAが書いたその記事の下には、下記のURLが貼り付けられていました。
http://www.scr-jp.com/mategoya/f11.html
AAは、それをコサエテ飲んだから、折り紙つきでだいぜふぶなのでおじゃる。
蕗の葉っぱは、この時季になると、2000メートルほどの山に行かないともうトレンニ。
我は山の子
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月19日(日)10時16分29秒
編集済
今このページのBGMになっている「我は海の子」を、仕事で疲れるたびに最後まで聞きなおし、しみじみいい歌だなーと感じ入ると同時に、まだまだ頑張らなくてはと元気を与えられます。
海の子として生まれ育ち、その懐かしい生家を思い出しながら、幼少期から自分を鍛えてくれた海とのかかわり、そして青年期を迎え、海の国の男としての誇りと責任、夢を歌う「成長歌・教養歌(ビルドゥンクスリート)」になっています。
1番、自分が海の子として育った懐かしい住家のこと
2番、生れ落ちて潮、波、空気に育まれた幼少期
3番、磯の香、風の音を楽しんで磨かれた感性
4番、舟漕ぎや素潜りでおおらかに育った少年時代
5番、逞しい肉体を鍛えた青年時代
6番、自然の脅威をものともしない覇気・勇気
7番、大海に雄飛し海の国を守る夢と使命感
しかし、日本人には当然、海の子だけではなく、山の子も里の子も街の子もいるわけですから、どうしてみんなその子たちにも歌を作ってくれなかったのでしょうね。海以外には歌になる要素がないなんてことは、絶対にないはずです。
そこでどなたか、まずは「我は山の子」を、とりあえずは「海の子」を下敷きにして作っていただけないでしょうか。曲はこのままで歌えるようにして、全国にはやらせようと思います。
1番 我は山の子、木々の葉の
そよぐ谷間の森影に
煙たなびく苫屋(とまや)こそ
我がなつかしき住家(すみか)なれ
2番 生まれて河に浴(ゆあみ)して
流れを子守の歌と聞き
千丈降(お)り来る山の気(き)を
吸いて童(わらべ)となりにけり
とか……。
ネット情報によれば、作詞家・星野哲郎氏が、「日本の海の歌」という文章の中で、次のように書いているそうです。
――いかに時代は変わるとも、船人の愛唱する檣灯歌(檣灯=しょうとう:船の前方を照らす白色灯)の中に欠かすことのできない歌は「我は海の子」であろう。 日本をアジアの東、太平洋の西に浮かぶ一隻の船と見立てるならば、この歌こそわれらが国民の舟歌として、第二の国歌として永遠に残すべき歌であろう。 多少難解な語彙がまじっているが、これとてちょっとした解説を加えれば、7歳の子供にも理解される歌詞であろう。――
なるほどそう言われれば、日本人は全員、「海の子」でもいいんですね。「第二の国歌」大賛成。でもやはり、読みこまれた環境は、海と山とではちがいますから、山の子の歌もほしいと思います。
また従来、作詞作曲者不詳の文部省唱歌とされていたのに、最近では、作詞家は鹿児島出身の宮原晃一郎(本名、宮原知久、1882年〜1945年)と判明し、鹿児島市には立派な歌碑までできているとか。これは見に行かねばなるまいと、明日からの鹿児島行きを楽しみにしています。(仕事8割、日蝕2割。だれ? 逆じゃないの?って)
猿場所
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月19日(日)10時14分0秒
大相撲にあらたな「なんとか場所」ができたわけではなく、サル場所で、以下のような記事を見かけたのですが、この中にある「一生のうち一度飲めば、脳卒中にかからないという飲み物」とは何か、おわかりになる人がいたら教えてください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今朝、電車のなかに、読み終えた雑誌を網棚にポイッと放り投げた若いおにいちゃんがいました。
「それ、捨てたの?」と尋ねると、平気というか臆面も無くというか当然のように「うん」と頷いた。
「ごみ捨て場じゃないんだから、持って帰りなさいよ。」と言うと、たいそう不満そうに此方を睨んでいる。
こうなったときに無言の状態で発する私の迫力ってのは、我ながらかなりなものがあるのだと思う。
「ご返事は?」と念押しする前に、しぶしぶ首肯した。
「そんなことやって、血圧あげてちゃしょうがないでしょう。」なんて心配はご無用。
なんとなれば、一生のうち一度飲めば、脳卒中にかからないという飲み物を、既にのんでるんだから。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
有機ELはこなん
投稿者:
hato-uji
投稿日:2009年 7月18日(土)18時02分36秒
しばらくご無沙汰しておりました。 最近パソコンがゆう事をきかんもんで、いろいろがとどこっております。はりまの兄さんから(生まれは私のほうが早いが)T社の技術との優劣は度何と聞かれたので、NB−onlineのIDやらパスワードはどなんだったっけと調べたりして、ようやくエプソンの記事を読む事が出来ました。
そもそも有機ELには、電気を通すと蛍みたいに光る有機材に“高分子(亀の子が多い)型”と“低分子型”と2種類あります。エプソンのは高分子型で、これはEL材を大気中でインクジェットで塗ります。大気中で生産できるので、装置は簡単です。 低分子型は有機EL材の薄膜を真空蒸着で付けます。高真空が必要で装置は非常に複雑です。有機ELの性能は、今の所低分子型の方が良く、かつ確実に生産できるので製品として世の中に出回っている携帯電話のディスプレイは全部低分子型です。T社は真空蒸着装置のメーカーで、低分子型有機EL用生産装置を世界の電気メーカーに納めています。 元島博士発明、私がその応用を開発している手法は、真空蒸着で活躍できるので、記事のようにエプソンにはあまり頑張って欲しくないというのが私の本音です。
SiCの方は、半導体に使うのは私は良く知りません。 私はSiCを、電気を通したりマイクロ波を当てると急速に発熱すると言う特性を利用する事はやっています。
新技術では急速に発展する物と、何年たっても中々芽が出ない物とありますが、技術の素性の良い物は発展が早いと言えるのではないでしょうか。 元島博士のは、非常に素性が良いと思っています。
技術の素性が良いと言えば、山中伸也博士のiPS細胞 は最たる物ではないだろうか。とにかく世界中で研究され、新聞に頻繁に新しい発見の記事が出てくる。人類に貢献する日も近いと期待されます。ノーベル賞も。
赤ヤギさんから
投稿者:
はりまの shioz
投稿日:2009年 7月18日(土)12時42分30秒
ワタクシにも、4月初めに、態々 神戸空港まで持参して呉れて 有難く頂戴致しました ・・・ ブラックベリーの苗を二株 ・・・ 両株とも芽は出てきたのですが、そのうちの一株は 根が少しばかり弱かったようで、暫くしてから芽が萎れてきて、枯れてしまいました。
残った一株は、
このように
枝も伸ばしており、未だ熟してはいませんが
赤い実
も一房だけ付いております。
ブルーベリーは、土質が合わないのか、手入れが悪いのか、我が家では定着できずに、苗を植えては 2・3年後には枯れる、ということを繰り返しています。
こちら
は、白ヤギさんからではなく、自生の おなじみ“タカサゴユリ”ですが ・・・
この株は、昨年花を付けなかった1メートル丈ほどの茎が枯れずに冬を越し、春になってからその先端から新しい茎が更に1メートル程伸びて、10日ほど前から花が開き始めたのですが ・・・ 病気なのか突然変異なのか、はなびらが裂けています。
下の写真は、左側が、昨年の茎と今年の茎の境界で、周囲に根のようなものが沢山出ています。
右側は、異形の花びらです。
タカサゴ
黒ヤギさんから
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月18日(土)09時07分14秒
お手紙ついた。
じゃなくって、黒苺の苗を頂きました。
何の苗かって?だから〜、ブラックベリーだってば。
ブルーベリーのような木なのかと思っていたのですが、ツルが伸びるのだという。
ことしゃ駄目でも雷電は勝つ。
なんのことか解った人は、かなり講談と植物に詳しい。
ハナ ハト マメ マス
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月17日(金)14時23分0秒
尋常小学校に通ったわけじゃございませんが・・・
ハトがカラスに追われて懐に入ったというお話が載っていました。良心がこれを撃たず、手ぐすね引いて摑まえて焼き鳥にするなんてことなく、テグスを切ってあげたのだとか。
カラスというのは、何時のころからなのか知りませんが、どうも人から好かれない鳥になってしまっているようです。
昔、荒地を開墾して、人が定住できるようになると、カラスがどこからともなく飛来してくるようになって、それを開墾者は、ようやく食料が得られるようになった証であると喜んだのだと聞いたことがあります。
神話に出てくる八咫烏(ヤタガラス)や、最近深夜に見ることの多い韓国の時代ドラマでコクリョ(高句麗)の象徴となっている三足烏などをみても、大事にされていたと思われます。
山梨に山菜採りに行ったとき、谷の上空を鳶が輪を描いて飛んでおり、その下を烏が数匹群をなしていたことがある。
「AAさん、カラスと鳶はどちらが強いとおもいますか?」と聞かれたので、「そりゃ鳶は曲がりなりにも猛禽類なんだから鳶でしょう。」と答えると、「確かに1対1ではそうですが、カラスが何匹か集まると、鳶は追い立てられて逃げるのです。」と教えてくれた。
最近、練馬の里でもカラスが増えて、夜昼なく気味の悪い声で鳴いている。
トリメなんてことはないのかしらね。
路上のソリスト
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月17日(金)11時10分48秒
今、情報が入りまして、『路上のソリスト』まだ東京・日比谷のシャンテシネでやっているそうです。
ひっかかった
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月17日(金)09時40分29秒
編集済
chie-nie さんちのベランダを訪問したハトは、どんな顔をしていましたか。
豆鉄砲を食らったような顔ならぬ、テグスに引っかかったような顔をしていたんでしょうね、chie-nie さんがそう思ったんだから。
そう思っていたら、ハトじゃなくてこちらが引っかかってしまいました。
「一つ気分をもう越えてしまった」というので、どんな気分かと一生懸命考えてしまったのです。
久しぶりにダンナサマも登場。もうずいぶんお会いしていませんが、元気にいいダンナサマぶりを発揮してさまがうかがえ、ほほえましく感じました。
余計なお世話とプンプンされても困りますが、余計なお世話のやりすぎ版というか、お節介焼きの典型としか言いようのない映画を見ました。『路上のソリスト』です。
2,3年まえにレイ・チャールスを描いた映画でも主演したジェイミー・フォックスが、今度はジュリアードで学ぶ優秀なチェリストでありながら精神を病み、ガード下で2本しか弦のないバイオリンを弾いている路上生活者を演じていました。
そこに現れたのが究極のお節介焼き、というか自分の書いている新聞コラムの題材としていいネタになると踏んだ新聞記者です。
そのホームレスくんの音楽的才能を惜しんで、手を変え品を変え、まともな演奏家への道を歩ませようとするのですが、常人ではわからない本人の恐怖や不安に振り回されます。
しかし、そのことを赤裸に書いた記事は評判を呼び、記者の職業的野心は満足させられたかに見えますが、だんだんそのお節介が、ホームレスくんのためを思う純粋な動機なのか記事のためなのかという、当然の葛藤に悩まされるようになります。
そのあたりがこの映画の見せどころですが、私にとってはやはり音楽の魅力が大きな要素でした。
このホームレスくんが、お節介くんのセッティングでオーケストラのリハーサルを聞きに行く。そこではかつて自分も演奏に加わったベートーベンの英雄交響曲が演じられている。それに聞き入るホームレスくんの姿に、お節介くんも人間を超えた神々しさのようなものを感じて、自分の職業意識を忘れてしまいます。
また、いくつかのお節介の一つで、プロのチェリストにレッスンを受けさせるくだりでは、チェロの名曲、バッハの無伴奏組曲の冒頭、プレリュードが弾かれます。
先生と一緒に弾きながら、しだいに高まる生命力のうねりや律動がクライマックスに達して弾き終わったときの表情は、もうこれで大丈夫と思わせるものがあったような気がしましたが、現実はそんなに甘いものではありませんでした。
この映画の存在を知らず、知ったときにはもう上映日程の最後だったので、ご覧になっていない皆さんにお勧めしても、少なくとも東京では見られません。これもDVDを待つしかないでしょうか。
shioz さん、私のほうも、もちろんハイビジョン放送は録画予約してあります。このスチル写真をキャプチャーしたいんですけどね。今、それに挑戦しています。
はとのきもち
投稿者:
chie-nie
投稿日:2009年 7月17日(金)01時18分47秒
ゴブサタしておりますうちにそちらは梅雨明け、早くも猛暑のはしりのご様子。夏対応は万全ではござい魔性が、やはりタイヘンでしょうね。こちらは梅雨はないはず(加古のことかもしれない)なのに、今年はことのほか雨が多く、いつもの一つ気分をもう越えてしまったとか。きょう(16日)は午後になって陽射しも見えましたが、肌寒いほどでした。そちらでは想像できない、かな?
ゴミ置き場が整備されたおかげでこの辺りではカラスがめっきり減りました。代わりに、というべきか勢いを増したのがハト。我が家のハト対策などほとんどnightいってもいいので、ベランダに侵入されるたびに追い払わねばならない… ある日、影が見えたのであわててベランダ側を開けるとなんと目の前の手すりに一羽。ひとを見れば一応逃げるのが礼儀なのに、何回も羽ばたきをするのに飛び立たないのです。なんかヘン! もしかしてテグスがからんでいるのでは?とはさみを持って出て1本切りました。からんでなんかいない。それでも飛ばない!カチャカチャ爪があたるばかりです。 −間− 代わりに追ってくれたダンナサマによれば、どうもカラスに追われていたらしい、って。カラスより優しく見えたのか自分の身に迫った恐怖を訴えていたのかもしれないけど、ワタクシには、はとのきもちはわかりません。だからそんなおびえた目で見ないで!
久しぶりで緊張しました。オヤスミナサイ!
ワンダー・ワンダー
投稿者:
はりまの shioz
投稿日:2009年 7月16日(木)19時09分20秒
mokkiさんが感激したという“すごい!白亜の洞窟”という放送ですが、今日の零時45分からも再放送があったのですが、既に終わっています。
ワタクシも(・・・・・らしい)サイから、『あれはスゴカッタよ! BShiでもっと詳しく放送されるらしいから是非御覧あれ!』と言われていたので調べてみると ・・・
ハイビジョン特集 白い奇跡の鍾乳洞 〜岩手・氷渡洞探検の1か月〜
BShi 7月19日(日) 午後10:30〜午前0:00
というのがあるようです ・・・ 興味のある方は、是非御覧あれ!
全然別の話しですが、最近、
というのを着けなくても、太字になるのですね。
すごい!白亜の洞窟
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月16日(木)15時25分59秒
編集済
見ましたか? NHKテレビ先週土曜日の午後10時からの「発見! 白い奇跡の鍾乳洞」。録画してあったのを昨日やっと見て、ぶったまげのびったまげのぼったまげで、髷もないのにまげづくしでした。
もう「筆舌に尽くしがたし」というのはこのことで、今まで見た日本の三大鍾乳洞なんて物の数でもないくらい、真っ白のそそりたつ細かい模様がぎっしりと彫りこまれた巨大彫刻から、精密な球形研磨機にかけられてできたような純白の玉――、「ケーブパール」と言ってましたか。かと思うと人工的な感じさえするくらい整ったホワイトチョコのようなサイコロ状の鍾乳石がぎっしりとか……。
三大鍾乳洞、山口の秋吉台も高知の龍河洞も岩手の龍泉洞も行きましたが、多くは茶色っぽい石柱・石筍の集団でした。しかし、ここのはテレビで見るかぎり照明を受けて眩いばかりに輝く白が目に沁みます。
岩手の龍泉洞のある岩泉町。これがあの将基面先生がその地域おこしに一役買って、龍泉洞の水をたしか竜泉水とかいって売り出し、モンドセレクションで金賞を取ったといういきさつがありました。
私もそのときの取材で龍泉洞に行ったのですが、そのときはまだこの氷渡洞(しがわたりどう)は知られていませんでした。なんとこの龍泉洞のはるか上のほうに、昨年になってこの巨大鍾乳洞が発見されたのだそうです。
その一部分でも掲載しようと、DVDにダビングしてパソコンで処理しようとしたら、CPRMというガードとVRという方式のため、私のパソコンではだめでした。どなたか、アップできる人がいたら、あの素晴らしい白亜の洞穴、息を呑む彫刻を紹介してください。
ヘリコプターで上空から写していた現地の地形を見ると、相当山の中のようですから、研究・調査が終わっても、なかなか一般公開は難しいのではないでしょうか。岩泉町としては、たいへんな財産が発見されたことにはちがいないでしょうが……。
研究のために持ち帰った石柱を、縦半分に切断したものがスタジオで紹介されましたが、それを手にした出演者の一人、山口もえさんが「うわー、ずっしりと重たいんですね。なにか時の重さっていうんでしょうか」としゃれた感想を漏らしていました。
たしかに、100年で1センチしか伸びない石柱で、手にしたものは数万年たっているということでしたから、「時の重さ」とは言いえて妙と感心しました。
いつかは見られるようになるのかなー。
これが見られるまでは死ねない、とはちょっと大げさですが……。
困ったときのYouTubeだのみ。せめて番組紹介でも見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=zxyYnFgz8mM
若い者をやる
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月16日(木)13時40分51秒
編集済
女子学生を送るというのは、贈るということではないらしいから、presentするという意味でないことはわかります。
AAにも昔よく電話がかかってきました。
「これから若い者をやるから・・・」というやヤツ。
「やる」って言っても、呉れるということでは勿論ありません。
right winngさんからもleft wingさんからも、その他いろいろありました。
他にもオモレー電話がよくあった。
「せんぱ〜い。」なんて電話口の向うから気安く声をあげるから、「君はどこの後輩だ?」と尋ねると、「長野県です。」な〜んて。
「で、長野県のどこなの?」と聞くと「松本です。」などとぬけぬけと答える。
「そうか、そういえば松本は学生時代に一度だけ行ったことがあるな〜。」
こんなあたりから、電話の向うでタジタジになっている気配が伝わってくる。
そんなこんなで、会社の電話のガードは、なかなか厳しくなっています。
誠意のないアポは、いけませんぜ。 (征夷代将軍)
「女子学生をそちらに送ります・・・」
投稿者:
柏雀
投稿日:2009年 7月15日(水)14時19分14秒
何だと思います?このせりふ。
今日の午前中、「もしもし、○○大のB部(体育会系)のものですが・・・」と電話がかかってきた。はは〜、この間、書類が来ていたから、また、あの寄付の督促かと思い、「はいはい、都合がつきましたら近いうちに考えさせていただきますヨ」と、ワレながら意味不明の返事をした。これまでは、これで、たいがいは撃退してきたのだけれど、今日電話をしてきたヤツは、いつもよりチョイトしつこかった。「近いうちって、いつでしょうか。明日ですか、明後日ですか。それとも、今日いただけるなら、女子学生をそちらに送りますが・・・」
今を去ること半世紀近く前、戸田で伝統の新入生語科対抗レガッタがあり、漕ぎ手が足りないからとかり出されたことがある。その時、漕いだ者、名前を書けといわれて、書いたのが運のつき。以来、B部のサポーターとして登録されてしまい、社会に出てからは、夏・冬のボーナス時に悩まされることとなった。過去にも何回か、B部のOBではないのだから、名簿から削除してくれやと伝えたのだけれど、まったく効き目がなかった。
で、今回、どうしたかというと、女子学生のご来駕は丁重にお断りし(どうせ練習で真っ黒に日焼けしたねーちゃんが来るに決まっている)、かといって、今日電話をかけてきたヤツがどうも胡散臭く感じられたので大事をとって振り込みもやめ、結局、暑い中、郵便局まで行って書留で合宿所のほうへ直接送っておいた。ただし、今回限りにしてしてくれとのメモを添えて。
どちらがドチラ?
投稿者:
はりまの shioz
投稿日:2009年 7月15日(水)09時35分26秒
今日のNB-online に、有機ELに関して
こんなん
が載っていました。技術の詳細は良くは解りませんが、T社の技術との優劣は弩無い名門なんでしょうか?
股、素子材料でも分野は異なりますが、同じ誌面で、
SiC(炭化珪素)
についての記事(連載の第2回目:<その1>も是非御覧下さい。SiCの優位性の説明があります。)もありましたが、十数年前に携わっていた仕事での関係情報では、パワー制御素子はSi(シリコン)に代わってSiC(炭化珪素)の時代となるというのが常識だったのですが、未だこんな段階であったとは、技術の進歩も以外に停滞している分野もあるんですね。
ア・ツ・イ !
投稿者:
はりまの shioz
投稿日:2009年 7月14日(火)18時43分28秒
編集済
関東方面では、早くも梅雨明けトカ ・・・
梅雨前線が北上したため、播磨の鄙の郷でも、昨日・今日と、夏空が広がって、朝のうち ジョヤマ山麓の林からは “シュワッ シュワッ ! ギャッ ギャッ !”というクマゼミの初鳴きが聞こえてきましたが、まだ夏本番と認識していないのか、1時間ばかりの試し鳴きに留まっていました。
それでも、水銀柱(なんて、我が家には存在歯磨洗牙)はグングンと上って、(兵庫県北部の)豊岡では午前中に35度を越えるというような猛暑となりました ・・・ まだ、扇風機と団扇でヤセ我慢をしておりますが、今晩は熱帯夜になるようです。
あさって頃には、もう一度 前線が舞い戻って来るらしく、その後で、近畿地方も梅雨明けとなるのでしょう。
父兄座位
投稿者:
AA-3
投稿日:2009年 7月14日(火)15時13分32秒
なんのことかって?
あらひとがみさまは、皇后陛下さまとおよびしませふね。(Her Majesty)
なんですと?さまは余分ですと?
それにしても、よく探しますなむ。有チュウブって、ほんと親切なんだよね。
皇后の歌声
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月13日(月)04時05分6秒
編集済
カナダ訪問中の天皇・皇后両陛下はトロントの小児病院を訪問され、皇后様は難病と闘う子どもたちに「子守唄」(ゆりかごのうた)を歌って聞かせたと報じられました。皇后の歌声など日本国内ではまず聞かれないでしょう。テレビでも放映されたそうですが、見られなかったので、「教えて!goo」と「YouTube」で探したら、ありましたありました。
新聞記事では1、2、4番を歌ったとありましたが、録画ではNHKが1番、フジ系列が4番だけのようです。こんな貴重な歌声、全部放映してくれればいいのに……。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10014174931000.html
(出た画面をクリックしてください)
http://www.youtube.com/watch?v=QJAp4RCvBZU
講習
投稿者:
mokki
投稿日:2009年 7月12日(日)18時21分37秒
編集済
いかんなー。まったく乗務教育ができていない。
想定されるあらゆるケースにおいて、自己判断のまだおぼつかない経験の浅いスタッフには、こんなときにはこう言うのが標準と教え、マニュアルどおりには行かないこともあるから、そのときは自分で判断しなさいと教えるべきでしょう。
コーメイさんのこのケースだったら、たしかに車掌は現行犯を見ていないので、そのようなときはこう言えと、私が教務官なら教えますね。AAさんのとはちょっと違うけど。
「ちょっと失礼しまーす。皆さんに申し上げているんですが、お席での携帯電話へのクレームが最近増えていますので、もしお掛けになるのでしたら、かねてから申し上げているのでご存じでしょうが、くれぐれもデッキでお話しくださるようお願いしまーす。ご協力、ありがとうございまーす」
じつはこの「まーす」が重要なんです。あくまでもこの不逞のやからに、「だれかがクレームを付けたんだな。コノヤロー、探し出しておとしまえを付けてやる」などという面倒な感情を湧き上がらせないように、かるーくいなして目的を達することが大切なのです。いくら不逞のやからでも、「ははぁ、さっきからの電話をだれかチクリやがったな」と感づいても、車掌はそうは言っていないので、逆恨みの刃の持っていきようがありません。
今度、新幹線に乗ったら、講習会に出向いてやろーかといってやろー。
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